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男子バレーというのは女ファンも多いが、男ファンも少なからずいる。毎度試合会場へ足を運び、グッズを購入するたびに親しくなった男性ができた。何度目かのやりとりの後に連絡先を交換して、私達は付き合うことになった。
「佐久早選手のおかげで彼氏ができました!」
ファン感謝祭で私は見せつけるように彼を前に出した。今は佐久早選手のサインタイムだ。何を隠そう、私のお目当ては佐久早選手である。佐久早選手はじっとサインを書いていたが、私の言葉を受けてちらりと視線を上げる。
「昨日は別の女と来てなかったっけ」
私達の間の空気が凍りつく音がする。ファン感謝祭は二日間にわたって行われる。試合会場での出会い。私以外に声をかけていてもおかしくはない。
「彼女変えるの随分早いんだな」
佐久早選手が差し出した色紙を受け取る手は、震えていなかっただろうか。私達はこの場にそぐわない顔色で会場を後にした。心臓が嫌な音を立てていた。
「佐久早選手、ありがとうございました……おかげで別れました」
次のファン感謝祭は私一人で参加した。付き合った期間は短かったのだし、あれは事故にでも遭ったのだと考えている。佐久早選手は相変わらずサインに集中したまま、「もう少し見る目をつけた方がいい」と言った。
「でも職場で出会いなんかないし、好きな人なんてどこで見つければいいんだろう」
社会人になってしまえば世界とは狭いものである。趣味であるバレーで失敗したなら、もう私に出会いの地はない。すると佐久早選手は、完成した色紙を差し出しながら言った。
「お前の好きな人は俺だろ」
厳密には佐久早選手はファンとしての「好き」で、男女のそれではないのだけど、誤解してしまうような効力がその言葉にはあった。
「次もちゃんと一人で来い」
私は魔法にかけられたような気持ちのまま、色紙を手に列から外れる。佐久早選手がいれば、彼氏いらないかも。私は不思議な高揚に包まれていた。
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