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 凛が名前の家を訪れたのは、ある意味の心配もあった。何せ凛は女優と熱愛報道が出たばかりだ。いくら凛のことを信用していようと、名前は傷付くのではないか。絶対に口に出す気はないが、凛が好きなのは名前だけだ、とわからせてやるために今日は来たのだ。

 合鍵を使ってドアを開けると、名前はテーブルに鏡を立ててメイクをしているところだった。別にメイクは普段からしているのだが、今日はどこか気合いが入っている気がする。

「色気付くな」

 凛は悪態をついて荷物を置いた。凛とのデートの時よりメイクに凝るとは何事だ。その時、凛は名前が置いているタブレットに見知った女優の顔を見つける。先日、凛と熱愛報道が出た女優だ。名前はあの女優のメイクを真似しているのだ。恐らく、凛に気に入られるために。

「あんなクソ報道信じてんのも真似してんのもむかつく」

 凛は名前のそばにどかりと座り込む。名前は似合わない濃いリップをつけた顔をこちらへ向けた。

「だって凛が好きなのはああいう感じなんでしょ?」
「あれはフェイクニュースだっつってんだろ」

 仮に熱愛報道が本当だとしたら、名前との付き合いが遊びか偽物になる。そういったことに怒るつもりはないのか。何故か凛の方が怒っていた。

「俺が好きなのはこういう感じだ」

 凛は指で口紅を拭い、ついでに名前の濃いアイシャドウも爪でひっかいてやる。驚いている名前の顔を掴み、鏡に向けさせた。名前は素顔が一番だ。そういう意味だったのだが、名前は違う受け取り方をしたようだった。

「化粧落としかけ……乱れた姿が好きってこと?」
「どういう解釈だ」

 凛は呆れてタブレットを閉じる。とりあえず、もうあの女優の顔は見たくない。凛は名前だけ見ていたいのだ、なんて言うつもりはないが。