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 肌寒い季節になった。俺は学校指定のセーターをおろした。サイズを用意するのが大変である点は否めないが、俺はこのセーターを割と気に入っている。今年初のセーターを着た俺を見て、苗字は怠そうに話しかけた。

「佐久早さぁ、パーカー着てきてよ」

 まず、セーターを褒めないのか。俺はデートに現れた女子のようなことを考えてしまう。苗字の前の席に座り、俺は鞄を脇にかけた。

「どう考えても馬鹿にしてるだろ」

 俺にパーカーは似合わない。そういうのは、古森とかが着こなすからいいのだ。俺はパーカー向きの見た目でないことを自覚していた。

「パーカーには似合う似合わないがあるんだよ」

 そうして会話を終わらせようとしたが、後ろから拝まれたのでは仕方ない。

「お願い!」

 この学校はある程度自由が認められている。つまり、私服のパーカーを中に着込むことくらいは許される。苗字がここまでするなら、と俺はパーカーを着ることにした。

「着てきてやったけど」

 翌日、パーカーを着て教室に現れる。朝練で古森にからかわれたが無視した。お望み通りのパーカーで、苗字はさぞかし喜ぶだろう。そう思っていた俺は肩透かしを食らうことになる。

「いいんじゃない」

 それだけ? というのが正直な感想だ。俺は損した気持ちになりながら、席について授業の準備をした。パーカーは暖かったが、どこか落ち着かなかった。もう二度とパーカーなんて着ない。放課後、部室で着替えている時にはらりと何かが落ちる。フードに入っていたのだろう。何の気なしに開いた瞬間、俺は固まる。

「パーカー着た佐久早が好き」

 後ろの席の、苗字しか考えられない。あいつはこれをするためにパーカーを着てこいと言ったのか。あまり喜んだ様子がなかったのは、緊張していたのか。

 まだ練習開始まで時間があることを確認して、俺は中途半端な格好で教室まで走った。苗字は教室に残っている。

「告白するならもっと真面目に告白しろ! 俺に確かめさせるな!」

「パーカー着た佐久早が好き」とはなんだ。折角パーカーを着てきてやったのだから、「好きです。付き合ってください」くらい言ったらどうなのだ。これでは俺が「そういう気があるってこと?」と確認するはめになる。苗字は悪戯が成功した子供のように笑っていた。全部苗字の思い通りなのだと思ったら、悔しくなった。