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「凛の前で可愛いって言って!」

 突然大声を出した私に、冴は大して動揺するでもなく足を組んだ。場所は糸師家のリビング、冴が帰宅したところを狙っての犯行である。

 そもそも何故こんなことを冴に頼んでいるかというと、凛の気を引きたいからだ。凛がそっけないのは今に始まった話ではない。私がどんな手を使おうが(お色気作戦の時は本気で呆れられた)、私を気にかける様子はない。

 そんな凛が、絶えず意識しているもの。それは冴に違いないのだ。冴が私に気のあるようなことを言えば、冴を敵対視している凛は私をものにしようとするに違いない。

 冴が計画の概要まで見通していたかはわからないが、大して怒るでもなくこう言った。

「声に出して言わなくても名前は可愛いだろ」

 冴がお世辞を言うような人ではないことはわかっている。冴とは、誰かに気を使うような人間ではない。つまりこれは本心だということだ。

 凛ばかり考えてきたけど、意外と冴もありかもしれない。というか何で、私は冴を射程範囲外に定めてしまっていたのだろう。

「おい」

 私の心が冴に傾きかけていた時、強く肩を掴まれる。声でわかっていたが、振り向けば凛がいた。珍しく焦った顔をしている。

「何冴と喋ってんだよ」

 計画通り、なのだろうか。冴と絡んだからか、凛は私に意識を向けている。でもまさか、これほどまで私を強く求めるような表情をするとは思わなかったのだ。

 やっぱり凛もありかも。なんて私は尻軽のようなことを考えてみる。