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 及川のアルゼンチン行きが決まった時から、なんとなくそうなのだろうと思っていた。私達は明確に言葉に出さずとも、来年及川と恋仲を続けることはない前提で話した。今更嫌だなど言っていられないが、別れ話をするのは億劫だった。どうしても、感情的になってしまう気がして。でも放置してしまえるほど簡単な仲ではなかった。及川は出国前、私と話す時間をきちんと用意した。

「なんかさ、これから付き合ってても最後まで結ばれる確率ってほんの僅かなわけじゃん。だからこの機会ですっぱり別れられることに、俺はよかったと思ってる」

 空港のやたら大きな窓から降り注ぐ光を受けて、及川はどこか神聖にすら見える。多分私はこの光景を、一生忘れられないのだろう。

「お前が他の男にとられるところとか、自然消滅とか見たくないからさ」

 及川はそう言って笑った。この瞬間から、私達は他人になる。随分長かった恋人生活もこれで終わりだ。

「今までありがとう」
「お前の中で一生の思い出だね、俺」

 忘れられないくらい大きな恋であったことは及川も自負しているのだろう。私だって、アルゼンチンに行く恋人など今後の人生で現れる気がしない。

「テレビで試合に出てるの見たら、きっと何回でも思い出すよ」

 そう言うと、及川は意表をつかれたような顔をした後挑戦的に笑った。

「テレビ出られるように頑張るよ」

 そのつもりはなかったが、及川に活躍しろと言っているようになってしまったのだろう。私の言葉などなくても、及川は勝手にスターへの道をのぼっていく気がする。

「行ってくる!」

 そう背を向けた及川に、私は手を振った。寂しくて、物足りなくて、でもどこか爽快感に溢れる別れだった。私との終わりが、及川の始まりだ。涙を流す代わりに、拳を握りしめた。