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 セックスが終わった。私は放心状態で部屋の天井を見た。聖臣と私は、セックスを前提に付き合った仲だった。自らの潔癖のせいで日常生活に支障をきたすと感じた聖臣は、潔癖を直したいと私に申し出たのだ。聖臣が掲げた一つの基準が、女とセックスをすることだった。当時の聖臣が一番嫌だと思っていたことなのかもしれない。夜の相手なら経験豊富な女に頼めばいいのに、聖臣は頑なに私を指名して譲らなかった。何でも、女の中で気を許しているのが私だからできるなら私しかいないのだという。そう言われれば少し嬉しかった。だが、私にとっても紛れもなく初体験だったのである。私の初めては、聖臣の実験に使われた。それもまた人生なのかもしれない。聖臣とは色々あったが、ここで私の役目は終わりだ。いまだに人の飲みさしなどは嫌がるが、女とセックスをするという当初の目的は達成できた。多分今日、私達は別れる。毛布を押さえながら体を起こすと、聖臣が私の腕を掴んだ。 

「……何?」
「まだ俺の潔癖は治ってない」

 聖臣の日常生活を全て把握しているわけではないが、相変わらずマスクを着け、新品にこだわっている様子は理解している。聖臣は十分潔癖と言える範囲内だろう。だが前よりは進歩できた。私とセックスができたのだから。

「目標は達成したじゃん。聖臣はもう、潔癖じゃないんだよ」

 聖臣は眉を寄せた。私の言葉に別れの意思を感じ取ったのかもしれない。ただセックスを目指す仲だったはずなのに、感情移入でもしていたのだろうか。 

「俺はお前だからできたんだ」

 まるで本物の恋人のような言葉を聖臣は吐く。お前だから、とは女で一番気を許しているから、という意味なのだろう。聖臣を無視して起き上がろうとする私に、追い打ちをかけるように聖臣は続けた。

「お前のこと、本気で好きになった。だからセックスできた。潔癖が治ったわけじゃ、ない」

 私は思わず聖臣を見た。一九〇センチもある男が、私を縋るように見上げているのは奇妙な心地がした。

「他の女とはできないわけ?」

 私もまた本物の恋人のような台詞を吐く。聖臣は、小さな子供のように頷いた。

「じゃあ聖臣から付き合おうって言って。今度は、本気で」

 こんなことを言う私も聖臣に惚れているのだろう。好きでもなければ、聖臣の覚悟が決まるまで付き合ったり処女を捧げたりしないのだ。聖臣は私の手を握ると、「好き、付き合って」と言った。随分適当な言葉選びだが、その気持ちが本物であるということは先程の行為が証明している。私はまた横になって、聖臣の隣に並んだ。