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※マダラに妻子あり

「どうしてオレを攫ってくれなかったんだ?」

 酷く静かな夜だった。マダラは音もなく私の部屋に現れ、月光を背後に立っていた。その顔は何かを覚悟した表情だった。私達うちはの中でも、マダラにはついていけないという勢力が大きくなりつつある。一族の中でそうなのだから、里の中ではさらに多いだろう。マダラは里から浮いた存在になった。そして今、里抜けしようとしている。言葉にはせずとも、私にはそれが伝わってきた。

「お前と結婚して、うちはの頭領にもならず平和に暮らしていたら里抜けなどしなかったのに」

 あのマダラがか弱い娘のようなことを言うのがおかしくなってしまった。マダラは強く生まれた。戦い、うちはを率いるために生まれてきた。だから色々なことを諦めてきた。私もその一つだ。幼馴染として、確かに私達は通じ合ってきた。それでも私達は結ばれなかった。うちはの頭領が、力も持たないただの娘と結婚するわけにはいかない。マダラはうちはの中でも選りすぐりの娘と結婚し、子供を残した。その時でさえ、マダラは現状を嘆くようなことを言わなかった。でも今は、この状況に陥るまでの過程すべてを恨んでいる。恐らくは私のことも。

「平和に暮らしてなんかいたら、マダラは満足できないでしょ」

 私は初めて言葉を返した。マダラは怒るか、小さく笑うかのどちらかだと思っていた。しかし実際はどちらでもなく、思い詰めたような顔で手を伸ばすのみだった。

 マダラの手が、私の頬に触れる。このまま殺されても、または体を暴かれてもいいと思った。私だってマダラは好きなのだ。一緒に里を抜けるくらいの覚悟はある。

 でもマダラは何もしなかった。里抜けに私を巻き込まなかった。唯一里抜けの前に会っておいて、私を遠ざけることを選んだ。そのくせに私を責めるような弱音をこぼした。それがどうしようもなく私を特別に思っている証に思えて、私は少し辛くなった。