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「名前殿、結婚してもらえないだろうか」

 突然の言葉に私は息を止める。目の前には真剣な桂さんの顔がある。桂さんは冗談でこんなことを言う人ではない。目を瞬く私に、桂さんは顔色を変えずに続けた。

「勿論俺ではなくエリザベスとだ」
「び、びっくりしたー……」

 桂さん自身と、結婚してくれと言われているのかと思った。エリザベスという得体の知れない生き物と結婚するのもおかしな話ではあるのだが、私にとっては桂さんと結婚する方が衝撃が大きい。エリザベスは恋愛対象として見ていない、言わば蚊帳の外の存在だ。だが桂さんのことは完全に意識してしまっていると、私は認めるほかなかった。だから私は桂さんに求婚されて心が揺らいでいるのだ。

「で、何なんですか、エリザベスと結婚って」

 私は落ち着かないまま言う。桂さんは腕を組んで「ああ、」と言った。

「本来ならば俺が名前殿と結婚したいところなのだがな、俺は役所に行って籍を入れたりできないだろう。エリザベスならば毎日俺と一緒にいる。だから代わりにエリザベスと結婚してくれ」
「結局そっちなんかいィィ!」

 私は突っ込みを抑えきれなかった。フェイントをかけられた分衝撃も大きい。当たり前のように言っているが、桂さんは私に好意があるということでいいのだろうか。私は照れを誤魔化すように口を動かす。

「大体桂さんとできないからって、エリザベスとならできるんですか。あのペットに籍があるんですか」
「エリザベスはれっきとした天人だ! 今から地球に帰化すればよい」
「だからって好きな女化け物に嫁がせる奴があるかァ!」

 自分で言っておいて恥ずかしくないのかということは思考の外に追いやった。それよりも桂さんの奇行を止めなくては私の身が危ない。

「いいか名前殿、俺と結婚するということはエリザベスと寝食を共にすることと同じだ。エリザベスを受け入れなければ俺との結婚は遠いぞ」
「何で私が求婚してる風なんですか」

 エリザベスと共に迫っているのは桂さんの方だというのに、これではまるで私が桂さんにお願いしているようだ。私の言葉を受け、桂さんは「む」と眉を上げた。

「それではこの間名前殿が言った『桂さんと毎日会いたいです(桂裏声)』は嘘だったのか? 俺はてっきり毎日味噌汁を作ってくれ的なアレかと」
「プロポーズの意味で言ったんじゃないですよ!」

 確かにその言葉は言ったが、雰囲気に流されただけだ。桂さんともっと親密になりたくて、私なりの愛の言葉を重ねた。というか、今それを持ち出さないでほしい。

「じゃあ結婚の話はなしか……」

 肩を落として踵を返そうとする桂さんを放っておけばいいはずなのに、何故か私は桂さんの肩を掴んでしまう。

「別に結婚したくないということもないですけど」

 私の苦虫を噛んだような顔とは対照的に、桂さんは晴々しい表情で振り返った。

「名前殿! そう言ってくれると思っていたぞ! おーいエリザベス! お前の嫁が決まったぞ!」

 向こうからやってくる化け物を、私は遠い目で眺めていた。