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 移動中に勉強しようとして教科書を車に置いてきてしまった。普段なら気にかけないのだが、今はテスト前だ。私は仕方なく五条に教科書を借りることにした。五条に勉強する気配がないのは部屋を訪ねた時に確認済みである。

 試験範囲のページをめくる。五条にしては、やけに綺麗な教科書だった。丁寧に使っているのだろうか。いや、勉強していないだけだろう。

 手がふと止まる。教科書の片隅に、私の名前が小さく書かれていたのだ。それはまるで、恋煩うような雰囲気で。

「私のことどう思ってるの!?」

 私はたちまち五条の部屋へ戻り、証拠だとばかりに教科書を見せた。いきなり自意識過剰な奴だと思われたらたまらない。五条は教科書を一瞥すると、大して興味のなさそうな顔を見せた。

「それ借りパクしたやつだから傑だよ」

 借りパク。なんとも五条らしい仕草だ。つまりこれは夏油のものになる。書いたのも夏油だろう。

「え、じゃあ五条私のこと好きじゃないの?」

 私が問うと、五条は呆れたような顔を見せた。

「誰がオマエ好きになるか。傑に好かれてる方に驚けよ」

 前半に怒っていた私だが、夏油に好かれていると言葉にされるとしみじみと思うところがある。親友の五条が言うからにはそうなのだろう。そうか、夏油が。五条は嫌そうな表情で続けた。

「つーか本人に直接聞くってどうなんだよ。傑だったら今頃押し倒してるからな」
「じゃあ五条も私のこと押し倒したくなってたり……」
「しねぇ」

 くだらないやりとりに笑いながら、夏油はそれほど手が早いのだという事実に震えていた。なんだかずっと五条と喋っていたい気分だ。五条相手に緊張などしないから。明日、どんな顔をして夏油に会おう。