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 気が付くと、どこかの田舎にいた。辺りを林に囲まれ、ぽつんと寺が建っている様子は銀時の地元を彷彿とさせる。銀時は徐に寺に入ると、中に二人の人物を見つけた。

 年の頃は十六、七といった頃合いだろうか。男女ともに和装で、男の方は頭に鉢巻をつけている。その髪の色を見て、銀時は男が誰であるのかを察した。特徴的な白髪のくせ毛は銀時自身――若い頃の銀時だ。となると女は松下村塾からの仲である名前なのだろう。どうやら銀時は過去に来てしまったようだ。特段慌てもせず、銀時は息を吐いてから寺の床に座り込んだ。

「だ、誰だオメー」

 名前に夢中になっていた銀時――白夜叉とでも呼ぼうか――は今気付いたようだ。銀時の姿は見えているようだが、将来の自分とは気付かない様子だ。五年後の未来へ行った時のことを彷彿とさせる。自分が二人いると判明するのもややこしいだろうから、これでよかったのかもしれない。

「あー、別に名乗るもんでもねェよ。ただの通りすがりさ。お前らはそこでセックスしてていいぞ」
「いやできるかァァア!」

 二人の様子を見ていて思い出した。銀時が童貞を捨てたのは、攘夷戦争に参加している合間のことだった。名前と合流し、廃寺の中で体を重ねたのだ。戦争の中に一筋の光が差したような、耽美な逢瀬だったと覚えている。銀時は腕を組み、二人の様子を凝視した。

「さっきから何ガン見してんだ! こちとらお取込み中! これからイイことすんの!」
「別にいいだろ知り合いでもあるまいし。つーかそんなにカッカしてたら雰囲気台無しだよ? 女の子大丈夫?」
「わ、私は……」

 銀時の言葉を受けて名前が初めて口を開く。記憶の中よりずっとみずみずしい、思春期特有の声だった。名前の着物の合わせ目は白夜叉の手で開かれている。なんだかしたくなってきた。銀時は首を伸ばし名前の肌をよく見ようとする。すると白夜叉が体を動かし銀時の目論見を阻止した。

「お前何人の彼女で興奮しようとしてんだ。河原でエロ本でも漁ってな」
「あれ〜? キミとその女の子って付き合ってたの? てっきり無理やり犯してるもんかと」
「んなわけあるかァ! 相思相愛だっつーの!」

 銀時は口に手を当ててからかってみせる。白夜叉は堂々と合意を主張するが、当時恋仲ではなかったことは銀時がよく知っていた。名前とは幼い頃からの付き合いであり、出会ってから恋慕し続けた。途中から名前も銀時のことを好きそうだったから雰囲気に流されるような形で初めてを共にしたのだ。明確に言葉にして付き合おうと言ったこともなかったし、銀時を止めたがる名前を振り払って無理やり戦争に参加した後ろめたさもあった。付き合っていると断言できなかったのは、白夜叉も同じことを思っていたからだろう。

「……銀時が私を好きだなんて、初めて聞いた」
「えっ」

 過去と未来の銀時の声が重なる。名前は肌が出ていることを気にする様子もなく、白夜叉を見上げていた。

「銀時、私のこと好きだったの?」
「いや……そりゃ、まあ」

 あまりの歯切れの悪さに自分へ蹴りを入れたくなる。お前は女に好きだの一言も言えないのか。気付けば名前は服を直しており、情事を始めようとする空気はどこかへ行っていた。代わりに少女漫画のような甘い雰囲気が二人の間に漂っていた。

「好きならちゃんと、好きって言って」

 名前の声を背中に受けながら銀時は廃寺を出る。これ以上銀時の出番はないだろう。今日、あの二人はセックスをするのではなく正式に付き合い始める。銀時の童貞卒業は見送りになってしまったが、そう遠い未来でもないだろう。代わりに銀時は名前を手に入れられたのだから。ここから始まる未来ならば、かぶき町へ戻っても名前は隣にいるのだろうかと、ふと風に問う。