▼ ▲ ▼
※原作通りの死ネタ
「どうして私の気持ちを知っていて辞めさせないんですか?」
その声が聞こえて、直哉はすぐに誰かわかった。アイツだ。昔から直哉の直近に仕えて、直哉の気持ちを読んだように世話をする女中。奴が直哉を好きだということは、今初めて知った。むしろ憎まれているのではないかと思っていた。だが知ったところでどうこうするわけではなく、直哉にとって奴は憎い女中のままだった。
「オマエの気持ちごとき俺が考慮するわけないやろ」
奴の言う通り、直哉は今まで大量に女中を辞めさせてきた。冷めた茶を運んできた者、直哉の前で咳をした者、その他諸々。しかし奴だけは辞めさせなかった。奴の気持ちを知ってもなお、辞めさせてたまるかという気でいた。奴を辞めさせるということは、直哉が奴の気持ちを意識したということだ。つまり、直哉が奴に配慮した――奴に負けた瞬間である。何故、直哉が女中ごときに気を払う必要があるのか。女中が全員入れ替わっても、奴だけは辞めさせなかった。直哉は猛烈に、奴を意識していた。
そのことに、死の間際になって気が付いた。
「あの子は私が殺しておきますからね」
直哉を刺した、真希の母親。何故今奴の名前が出てくるのか。直哉には関係ないのに。
ああそうか、直哉はずっと、奴のことで頭を占領されていたのだ。周りからも気付かれるくらいに。
悟ったところで後悔などない。奴を愛でてやればよかったなど、死んでも思わない。ただ、奴も直哉の気を感じ取って喜んでいたのかと思うと、はらわたが煮えるような怒りを感じる。
/kougk/novel/6/?index=1