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「お前嫌がらせされてるのか?」

 そう佐久早に言われた時、私の動きが止まった。否定しようにも、壁を隔てた廊下で聞こえるように私の悪口が言われている。上履きに画鋲を入れられたり、水をかけられるようなものではない。それでも、私は少なからずプレッシャーを感じていた。私を覗き込む佐久早は心配そうな顔をしている。打ち明けなければ、また心配をかけてしまうだろう。

 私は意を決して口を開いた。

「実は佐久早と付き合ってから……」
「そうか」

 佐久早はそれだけ言い、私の顔を覗き込むために折り曲げていた腰を元に戻す。拍子抜けした、とはまさにこのことだ。廊下には今も佐久早ファンの女の子達がいる。喧嘩をふっかけろとまでは言わないけれど、何かアクションを起こしてくれてもいいものではないだろうか。

「守ってくれる流れじゃないの?」

 困惑したように私が言うと、佐久早は眉をしかめて話しだした。

「俺はそういう一軍女子が苦手だ。集団で囲まれたらどうしていいかわからない」

 なんとも情けない告白だ。佐久早ほど体格と力に恵まれた者になると、相手を傷付けてはいけないという方に思考が向くのだろう。女子なら尚更だ。実質女子の方が格上なのである。しかも佐久早は、お世辞にも人間関係が上手いとは言いがたかった。派手な女子など、会話もするのも億劫だろう。

「代わりにお前を甘やかすことはできる」

 私達の間にふわりと甘い空気が漂う。ほだされそうに心が緩んだ瞬間、私はふと思いつく。

「それって余計嫌がらせ悪化するんじゃない?」
「そうだな」
「意味ないじゃん!」

 佐久早は女子同士のいざこざに介入する気はないようだ。それでも、佐久早が甘やかしてくれるならいいのではないかと思ってしまう。私には有象無象の悪口よりも、佐久早の言葉の方が響くのだから。私は廊下の悪口など聞こえないかのように、はにかんだ顔を上げた。