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 世界は意外に狭いと思う。でなければ、買い物に出た街中で元彼氏と出会ったりしない。

 付き合っている頃はあれほど恋焦がれても会えなかったというのに、今冴は目の前にいる。なんという皮肉だろうか。お互いに立ち止まってしまったため、会話をしなければ少々気まずい。

「あげたやつまだ売ってねぇんだな」

 冴は私の首元に視線を止めた。そこには、冴から貰ったネックレスがあった。私はネックレスを隠すように、大事に守るように、手のひらで包み込む。

「だって冴のお金で買ったものじゃん」

 冴は少しの間黙り込んでいたが、やがて私の方へ手を伸ばした。私にネックレスをつけた時と同じ器用な手つきで、簡単にそれを外してしまう。冴の見ている先で、冴はネックレスを売ろうとしているのだとわかった。

「私はまだそれが必要で……」

 私が止めるのにも関わらず、冴はずんずんと進んでしまう。こうなった冴は頑固だとわかっていても、追いかけられずにはいられない。結局私はろくな口を出せないまま、冴がネックレスを売却する一部始終を見守った。私の思い出はかなりの大金になった。これで冴のことを諦めろとでも言われるのだろうか。冴はお札を掴み、無表情にも見える顔で私の方を振り返った。

「俺が買ったんだからこの金をどう使うかは俺の自由だよな」

 冴が買った上に、私達はもう別れているのだからそれは冴のものだ。私は小さく頷く。もう本当に、冴と私を繋ぐものはなくなってしまった。

「今晩フレンチ。その後バーだのホテルだのに行くかはお前次第だ」

 言っていることがわからず、私は目を瞬く。今の言葉はデートの誘いのように聞こえる。冴はネックレスを売ったお金を、私とこれからデートするのに使おうとしているのだろうか。

「まだあのネックレスが必要だって言うか?」

 私は大きく首を振った。冴との過去も大事だけれど、未来の方がいいに決まっている。冴は満足げに笑い、私の前を歩き出した。私は行く時より軽い足取りでその後を追った。