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「はい、約束通りあげるよ」

 女子の大群をすり抜け、真っ直ぐに私へと向かってきた及川を見て、私は心底引いた。

「うそ、普通元カノにあげる?」

 胸に造花の飾りをつけた卒業生達が、私を見ている。

 私と及川は一年半付き合っていた。及川が卒業後どこに行くのかも知らず、卒業式でネクタイが欲しいと言ったのは私だった。

 だが私達はとうに別れているし、少しの未練もある。未練があるからこそ、及川は私に甘さを見せてはいけないのだ。そうされたら、私は及川を諦められない。

 及川は目を細め、受け取れとばかりにネクタイを突き出した。

「仕方ないだろ、罪悪感とか持って行きたくないし」

 その言葉がじんとしみる。及川は私のことを、気持ちごと日本へ置いて行く気なのだ。つまり私とは、綺麗さっぱりここで別れると。まだ及川が私のことを好きだとは思っていないが、何かしらの情はあるのではないかと思っていた。でももう、それすら及川は捨てようとしている。

 私はネクタイを受け取り、指でひらひらとはためかせてみせた。

「じゃあ私もこのネクタイ捨てようかな」

 そうやっていることが強がりだと、及川はわかっているのかもしれない。

「もうお前のだから自由だよ」

 捨てないで、とすら言ってくれない。私は強くネクタイを握りしめた。捨てられるはずがない。一生かかっても捨てられない。これは及川が最後に私へかけた呪いなのだ。その呪いと心中する覚悟はできている。

 及川は最後に一度私の顔を見て集団へ戻って行った。