▼ ▲ ▼

「玲王、いつも水道代とか勝手に払ってくれてありがとね」

 一人暮らしが始まって半年が過ぎた頃、凪は玲王に向かって片手を挙げた。対して、玲王は口を変に曲げている。

「俺じゃねぇぞ?」

 今度は凪が目を瞬く番だった。

「流石にそこまでしないって。ストーカーじゃね?」

 玲王はそれだけ言って、サッカーの話に夢中になってしまう。玲王の言葉を聞きながら、凪はぼんやりと考えていた。それでは、凪の光熱費を払ってくれていたのは誰なのだろう。

 凪は張り込むことにした。部活があるので年中無休というわけにはいかないが、少し時間をずらせばいいのだ。相手は凪の生活習慣を知っていると見える。

 一人暮らしといえど、決して安くはない公共料金を払ってくれる相手。玲王ではないなら、一体誰なのだろう。玲王くらい凪に入れ込んでいる誰か――。

 物陰に隠れて、凪は遂にその人物を見つけた。凪の部屋のポストに入っていた支払書を盗み出した人。それは白宝の女子生徒であった。

 凪は腕を掴み、逃げられないようにする。女子生徒は固まったまま、焦りを浮かべて凪を見ていた。

「何で俺にそこまでするの?」

 もう逃げられないと観念したのだろう。女子生徒は、ゆっくりと口を開く。

「凪くんのことが好きだから、凪くんの役に立ちたくて」

 今、もしかしたら告白されているのかもしれない。それにしては間違っていると思う。女子生徒も、凪も。

「意味わかんない。そういうの、普通俺に触りたいとか思うでしょ」

 女子生徒が意外そうな顔をした。期待している、と言ってもいいのかもしれない。もしかしたら女子生徒に今ここで触らせてくださいと頼まれることもあるだろう。まあ、絶対に嫌というわけではないが。

「そういう欲は全然なくて……」

 彼女はそういう人間ではないようだった。では、凪をどう思っているのだろう。「好き」なら、「推し」に向けるような感情を持つべきではない。

「逆に気持ち悪いんだけど。普通に好きになってよ」

 女子生徒の腕を離し、凪は部屋に向かって歩き出す。

「まあ、俺はアンタのこと好きになるかわかんないけど」

 そのまま凪は去ってしまったから、彼女がどんな顔をしていたのかはわからない。ただ、後日玲王に事の顛末を話したところ、「それ逆効果だぞ、凪」と言われた。何が逆効果なのかはわからないが、あれから公共料金は自分で払っている。彼女からのアプローチは、まだない。