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 今回の帰路は珍しく、影山君が喋って私が黙り込んでいた。何しろ私は落ち込んでいるのだ。影山君とつり合っていない、というわかりきっていたことを言われてしまった。

「苗字さんは頭いいじゃないですか」

 影山君の中に励ますという選択肢があることに、私は少し驚いた。影山君の吐息は白く、冷たい空気の中に消えて行く。もしかしたら影山君に励まされたということが、悪口をかき消すほどの大切な思い出になるのかもしれない。

「バレーできるけど勉強できない俺、頭いいけど運動神経は最悪な苗字さんでつり合ってます」

 影山君は励ますことを覚えたけれども、その言い方に気を遣えるまで大人ではなかった。影山君はバレーにおいて秀でているけれど、人付き合いはまだまだ拙い。私が言えることではないが、今改めて思う。

「そこまではっきり言わなくても……」

 私は確かに落ち込んでいる。でもその内容は悪口を言われたことではなく影山君の口の悪さによるものなのだと思ったら、少し心が軽くなった気がした。

「運動できない方が可愛いとは思わないですけど、マラソンで一生懸命走ってる苗字さんは好きです」

 口下手な影山君のことだから、それが本心だとわかっている。いつも嫌で仕方なく、見られていることすら恥ずかしいマラソン大会。

「今年も頑張るしかなくなっちゃうじゃん……」
「手を抜かない所が好きです」

 影山君は一音一音確かめるように、しかと言った。私はマフラーに顔を埋め、唇を突き出す。ストイックな影山君と付き合っている限り、私は少しも立ち止まることが許されないのかもしれない。それすら心地いいと思えるようになったら、私はいよいよ重症だろう。