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唇が、触れてしまった。
私は微動だにしない佐久早くんを見ながら、突っ立っていることしかできなかった。
先日試合を観に行くと言ったら、控え室へ呼んでくれた。選手が親しい人を呼ぶことは多くあるようで、部屋には関係者らしき人が何人かいた。佐久早くんは私を隠すように、壁際に追い立てて私の前で背を丸くした。ちょうどそこへ、佐久早くんのチームメイト――恐らくは宮選手がぶつかった。佐久早くんの体が押され、私達は事故キスというものをしてしまったのである。
「何でお前のせいなわけ?」
佐久早くんは顔だけ振り返り、宮選手へ嫌そうな声を出した。自分の体で私を隠そうとしていることは変わらない。
「ええやん別に好きなんやし」
「俺は自分のタイミングでしたかったの」
目の前で、恋愛を仄めかすやりとりがされている。前からそういう可能性を感じることはあったけど、佐久早くんはなんというか隠す気配がない。
「私としたのは別にいいの?」
念のため。佐久早くんが事故キスで気を悪くしていないか聞いた。佐久早くんはすぐさま振り返り、また覆い被さるように背を丸めた。
「いい。もっとしたい」
「じゃあ今……」
「宮がいる前じゃ嫌」
私達は付き合う、付き合わないの話も忘れ、今キスをすることに夢中になった。佐久早くんが私の手を掴み、部屋を出て行こうとする。流石に会場で最後まですることはないだろうけれど、私の胸は高鳴っている。キスだけでこんなに期待するなんて、中学生の頃に戻ったみたいだ。
佐久早くんの足の速さに時折転びそうになりながら、佐久早くんの体幹はそんなにやわだっただろうか、と考えた。もしかしたら「事故キス」ではないのかもしれないけれど、いずれにせよこれからするのだから関係ない。佐久早くんが別室の扉をばたりと閉めた。
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