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「授業中寝てたら俺のこと起こしてくれませんか」

 とは、隣の席の影山君に言われた言葉だ。とはいえ、どう起こしたらいいかなどわからない。試しに腕のあたりを揺すってみたはいいものの、彼は起きなかった。影山君は悔しそうな顔をするのみで、私を責めはしなかった。だが、実は真面目な彼が頼んできたのだ。その要望には応えたいと思う。

「影山君、ノート出してない」

 放課後、日直である私が体育館を訪ねる。扉の中は熱気に満ちていて、なるほどこのためなら勉強も頑張ると思えるだろうと納得した。

「すみません。これ。あと今日起こしてくれてありがとうございました」

 影山君はノートを差し出す。私はそれを受け取り、曖昧に笑ってみせた。

「ううん、私もちゃんと起こせなくてごめんね。次は頑張るから」

「ウス」と言って影山君は体育館の中へ戻ってしまった。ノートを手に去ろうとした時、扉の端から長身の男の子が顔を出す。どきりとしながら、彼に視線をやる。

「手に触ったらあいつは絶対起きると思うよ」

 彼はそれだけ言って、体育館の中心へ戻ってしまった。部活仲間なのだから、影山君のことを理解しているのだろう。今度から試してみよう。

 幸いにと言うべきなのか、影山君は翌日の授業でも寝ていた。昨日聞いたことを試すチャンスだ。私はそっと手を伸ばし、服の上からではなく、彼の肌に直に触れる。指先を止めるだけでは足らず、つつ、となぞってみる。

「ッ!」

 すると影山君は、教師に寝ていたのがバレてしまうのではないかというくらい大げさに体を起こした。凄い効果だ。心なしか顔も赤い気がする。

「お、おはよう……」

 影山君は気まずそうに顔を背け、小さく返事をした。影山君の様子があまりにもおかしいものだから、私まで調子を狂わされてしまう。一体今の反応は何なのだろう。変な夢でも見ていたのだろうか。

 二人揃ってどきまぎしている私達は、きっと変に見えていたに違いない。