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そういえば、私はデンジ君にリップをあげたのだった。何故そんなことを思い出しているかと言うと、目の前でデンジくんが項垂れているからだ。
「苗字さんに貰ったもんだから我慢してたんだけどよ〜食べるもんがなくなっちまってつい食っちまった」
正確には、あげたのではない。ふたを開けたまま床に落ちてしまったリップをデンジくんが拾ったので、捨てるように頼んだのだ。デンジくんはそれをとっておいたらしい。とっておいたことには何も思わないが、流石に食べるとは思わなかった。
「ストロベリー味でうまかったぜ」
デンジ君はピースをしてみせる。私はそんなつもりでリップを託したのではない。デンジ君が困窮しているなら、よかったのかもしれないが。
「食べ物ならあげるよ」
何の情けか、私はそう口走っていた。懐かれたら毎回食べ物をあげる余裕があるかもわからない。よく、野良猫に餌をあげてはいけないと言うのと同じだ。でも、私はデンジ君という野良猫を見捨てられないでいる。
「嫌だ。苗字さんが口つけたやつがいい。間接チューできるやつ」
デンジ君は猫ではなく人間だった。私は憐憫のような感情を向けてはいけないのだと、改めて思い知らされる。私はデンジ君の好意に向き合わなければならない。情けをかけていたら、いつか利用されてしまう。デンジ君はそんなにずるい人ではないかもしれないけれど。
次与えるなら、リップでも食べ物でもなく唇を与えるべきかもしれない。腹は膨れない、とデンジ君は怒るだろうか。デンジ君のことだから、きっと初めてに違いない。私は彼の反応を想像して、小さく笑った。
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