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 沖田の部屋にて、土方はむず痒い気持ちで名前を睨んだ。名前は普段通りの表情で沖田に毛布を掛けてやっている。仕事中だというのに寝ている沖田はこの際いいとして、問題は名前だ。落ち着かない様子の土方に痺れを切らしたのか、名前が振り返る。

「土方さん、好きに吸っていいんですよ」
「え? あ、あぁ……」

 土方は形ばかりに煙草を咥え、火をつけた。なおも心の揺らぎは止まらない。問題は名前がミツバのことについて聞いてしまったことである。

 書類仕事を溜めていた沖田を部屋に監禁し、土方が見張りについた。そこへ名前が給仕に来たタイミングで、ミツバについての詳細を山崎が報告しに来たのだ。土方は内心頭を押さえたくなったが、報告書を命令している手前山崎を止めるわけにもいかない。こうして、土方が単身敵の懐に潜り込んだというところまで名前に聞かれてしまったのであった。もしかしたら、屯所内での噂で土方が誰を好きであったかは聞いているかもしれない。いずれにせよ、土方にとって都合の悪い話だ。

「お前、落ち込まねェの」

 やきもきしていても仕方ない。土方は思い切って聞くことにした。名前は振り返ると、「何でですか?」と言った。

「あの鬼の副長の土方さんでも人を好きになるということが証明されたんでしょう。私にとって、これは嬉しいことです」
「そ、そうか……」

 想像より名前は強かな女であったようだ。そもそも、自分の気持ちを土方に知られても顔色一つ変えない点からして名前はそこらの町娘とは違うのだが、昔馴染みを出されてもなおめげない精神には素直に感嘆した。

「土方さんは、私に落ち込んでほしかったんですか」
「え?」
「沖田さんのお姉さんのことを聞いても私が諦めないでいるのは、土方さんにとって嬉しいことですか」

 名前の真っ直ぐな瞳が、土方を射抜いている。その圧に土方は思わず立ちすくんだ。自分は土方の過去の恋愛に対して嬉しいと言ったのだからお前も感情を見せろと、そう言われている気がする。

「べ、別に何とも思わねーよ」

 言ってしまってから心の中で絶叫する。何をやっているのだろう。土方のツンデレに何の需要があると言うのか。今度こそ名前は諦めてしまうかもしれない。不安な瞳で名前を見ると、名前は拗ねた目で土方を見上げた。

「私、諦めそうです。土方さん、励ましてください」

 自分に片思いする女を励ますとは一体どんな状況だろうか。押されながらも、土方は「ガ、ガンバレ……?」と言った。すると名前は今までが嘘のような満ち満ちた顔をして去って行った。

「ありがとうございます」

 こんなに恋愛上手な女が土方に片思いしているなど、嘘なのではないだろうか。