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「俺ブルーロックに行っちゃうからさ、留守預かっててよ」

 私はその時初めて凪くんが遠くへ行ってしまうことを知ったし、何なら凪くんの家に入ったこともなかった。鍵を渡され、恐る恐るドアを開ける。もう住人がいないので当たり前かもしれないが、中に生活感はなかった。

 私はこの家をどうしたらいいかわからなかった。ただ、時折訪れては不在の主の香りを感じた。凪くんは住んでほしいという意味で鍵を渡したのだろうか。がらんどうの家に、何をするでもなく通う。数か月して、凪くんは帰ってきた。

「留守の間、ちゃんと綺麗にしといたから」

 とりあえず、埃やゴミは積もっていない。凪くんは興味なさそうに「ふうん」と言った後、ベッドに寝転んだ。

「よくお留守番できました」

 凪くんが手を出したので、私は撫でられに頭を出す。凪くんの大きな手が、私の頭を左右する。

 考えないようにしていたことが、頭の中に渦巻いて行く。留守を任されるのも、こうして留守番を褒められるのも、まるで恋仲のようではないか。確かめたいけれど、確かめたら凪くんは面倒くさがるのではないか、という思いが邪魔をする。

「この部屋に誰か入れた?」
「誰も」
「いい子」

 頭の中で考えていたことは、凪くんに触れられるたびにどうでもよくなってしまう。こうして流されて、行為までしてしまうのだろうか。それでもいい、と思っている自分がいる。凪くんはきっと、関係性を言葉にして表すのを面倒がるだろうから。

「名前はずっと、俺の家を守ってて」

 それはハウスキーパーとしての意味か、それとも正妻の地位を与えられているのか。確かめてしまったらこの浮ついた時間が終わってしまいそうで、私は頷くだけにとどめる。私を生かすのも殺すのも、全部凪くんだ。