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 慣れた調子でマンションのエレベーターのボタンを押す。まったく、どうして呪術師はだらしない人が多いのだろう。一部例外はいるが、五条先生や今向かっている人のことを考えると高専生の方が大人なのではないかと思ってしまう。

「任務。急遽替えで入ったの忘れたんですか」

 俺がインターホンを鳴らしてそう言うと、苗字さんは間髪入れずにドアを開けた。インターホンの画像を確認したり、ドアチェーンをつけたままにしたりすることはしないようだ。気を許されているようでいて、不用心だとも思う。

「あー! でも私再配達受け取らないといけないんだよね」
「そんなの別に後だっていいでしょう」

 苗字さんは今気付いたという様子だった。それでも実務で挽回できるのがこういっただらしない大人達の凄い所だ。任務と再配達を天秤にかけている時点で、あまり尊敬はできないのだが。

「生物なの! ね、恵くんどうせついてくるだけならうちで留守番してくれない?」

 まるで俺はついてきてもやることはないとでも言いたげだ。実際にその通りなのだが、流石に大人の女の人の家に上がり込むのには抵抗がある。

「俺は犬や猫じゃ」
「よろしくね!」

 有無を言わせず肩を叩かれ、仕方なく部屋に上がり込む。苗字さんは上着をひっつかんで出て行ってしまった。薄くアロマが香る家に、俺一人が残される。どうしても異性だということを意識してしまう。俺がそうしようと思えば、苗字さんのクローゼットの中身を漁ることすらできてしまうのだ。

 どうして苗字さんにつくのが釘崎ではなく俺なんだ、と悪態をつきたくなった。落ち着かずに体をもじもじとさせたまま、俺はただ時が過ぎるのを待つ。再配達は来なかった。だから俺がこんな思いをすることなんてなかったじゃないか、と苗字さんを責めたくなる。

「ただいまー!」

 能天気な顔でドアを開いた苗字さんに、俺はまるで同棲している彼氏のように言ってしまうのだった。

「遅い!」

 全部、苗字さんが悪い。