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「送ってくから、待ってて」

 その言葉を残して佐久早は部室に消えた。インターハイを目前に控え、レギュラー陣は練習に力を入れている。中でもエースの佐久早は、誰よりも遅くまで居残り練習をしていた。佐久早の練習に付き合うと決めたのは私だが、佐久早が私を送っていくのは義務感からではないだろう。最初は別々に帰っていたのに、佐久早と親しくなるにつれて一緒に帰るようになったのだから。

 漂う色恋の香りにむず痒くなる。佐久早がどう思っているかはわからないが、私は佐久早のことが好きだ。毎日こうして送ってくれるくらいなのだから、脈ありに近い状態なのではないかと思う。その疑惑を決定づけるように、佐久早は帰り道で言った。

「インターハイが終わったら話したいことがある。勝っても負けても、帰り残ってて」

 私の体に緊張が走る。「優勝したら付き合って」というアレではなかったけれど、佐久早はインターハイに乗じて私に告白するつもりだ。自意識過剰と言われればそれまでだが、この流れは確実に浮いた話になる。仕事モードに切り替えてインターハイに臨んだはいいものの、井闥山が全国優勝を決めた瞬間、私の心はただの女になってしまった。これはもう、付き合ったも同然だ。

 最終日のミーティングを終えた後、私は佐久早に言われた通り部室に残る。佐久早は一度席を外した後、再び部室に戻ってきた。

「佐久早、それであの……話って」

 適当な世間話ができるほど私の心に余裕はない。私が切り込むと、佐久早は持っていた袋を私に差し出した。

「大会前毎日居残り練付き合わせて悪かった。これ、お礼」
「……はあ」

 私は間延びした声で袋を受け取る。袋は人気の雑貨屋のもので、佐久早らしからぬ気遣いだ。佐久早はずっと練習に付き合わせたことを気にして、礼をしてくれたのだろう。その気持ちは嬉しい。嬉しいが、私が期待していたのはこれじゃない。

「……佐久早はさぁ、私のことどう思ってる?」

 そう聞いてしまったのは期待を裏切られてしまったからだけではない。佐久早は少なからず私をよく思っているはずだと、確信していたからだ。

「……まあ、なんだかんだいい奴。女子の中では一番仲良い。信頼できる」

 予想通り佐久早は恋愛ともとれる答えを言う。そうだ、佐久早は私のことを好きなはずなのだ。

「私に彼氏ができたらどう思う?」
「は? 普通に嫌。ていうか何その質問。彼氏いんの?」
「佐久早は何で彼女作らないの?」
「お前がいるから別にいらない」

 聞けば聞くほど、佐久早は私のことを好いているように思う。では何故、インターハイ優勝後二人きりという絶好のタイミングで告白しないのか。私は最後の質問を聞いた。

「私のこと好き?」
「好き、だけど別に恋愛とかじゃねえだろ」

 私は頭を抱えたくなった。佐久早は確実に私のことを好いているのに、それを恋愛感情だと認めていないのだ。ただの友達ならば、彼氏ができたら嫌だと思ったりしないだろう。佐久早は絶望的に恋愛に疎いのだ。

 両思いなのはわかりきっているというのに、佐久早に恋心を自覚させるにはどうしたらいいのかと頭を悩ませる。下手なことを言っては自意識過剰になってしまうし、今後の人間関係にも支障をきたしかねない。私は幼い子供に言い聞かせるような声で言った。

「佐久早、あのね、佐久早は恋愛の意味で私が好きなの」
「は? お前それ言ってて恥ずかしくないの」

 案の定佐久早に虫でも見るような目で見下ろされる。さらには「俺のこと好きってこと?」とまで言われるので否定できない。私は佐久早と付き合いたいから無理に好きにさせようとしているのではなく、佐久早の恋心を自覚させたいだけなのだ。

「ほら! これで何か感じない!?」
「なっ……お前何やってんだこの痴女!」

 とうとう手段を選ばなくなった私は佐久早の手を取り私の胸に当てた。佐久早は驚いた様子で手を振り払い私を見ている。確かに私が佐久早でもこれは引くと思う。だが私は佐久早に気持ちを自覚させるという目的のためだけにやっているのだ。

「お前マジでない……誰にでもあんなことすんのかよ」
「さ、佐久早にしかしないよ!」

 告白のようになってしまったがこの際いい。佐久早は心底軽蔑したという目で私を見下ろした。

「信じられねぇ。もういい、お前俺と付き合え。付き合ったからには他の男に体触らせんな」

 私は放心して口を開けたり閉めたりしていた。予想だにしていない方法で、佐久早と付き合えてしまった。恋心を自覚させるという目的は達成していないが、本来の目的は果たせたのだ。佐久早が私への気持ちを自覚していないままなのでこの先苦労するかもしれないが、付き合えたからまあいいか。私は憤慨した様子で部室を出て行く佐久早を見送った。