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※単行本25巻以降のネタバレあり

「俺はこれから死ぬと思う」

 日車さんは、窓の外を眺めながら言った。その目に映っているのは何なのか、私は知ることができない。

 今更驚くことはしなかった。私達は、来月の決戦に向け作戦を練っている最中だ。おまけのように連れてこられた私とは違い、日車さんは貴重な術式がある。死んだ後の話をするのは、私が彼らの中で唯一以前からの知人だからだろう。

「貯金がある。俺が死んだらどこかの団体に寄付してほしい」

 報酬を使い込まず、貯めているのもまた日車さんらしかった。どうやって日車さんのお金を受け取るかなど、深くは考えないようにして言う。

「何で私に頼むんですか?」
「親や兄弟に頼むのは心が痛むからだ」

 日車さんは、家族に殺しをしたと知られたくないのだろう。きっとその事実は、日車さんの家族を傷付け、失望させるから。逆に言えば、私に知られたところで日車さんの心は少しも痛まないということだ。信頼されているのかいないのか――でもこの場に集まった術師の中では一番お互いを知っているという自負を持って、私は日車さんに近付いた。

「頼んだぞ」

 日車さんは最後に私を見て、部屋を去って行った。殺風景な部屋に、婚姻届が一枚置かれていた。それは幸せの象徴というより、威厳と権力の象徴に見えた。私は、日車さんの財産を日車さんの納得した形で使うために相続する。私達は、死ぬために結婚する。もっとロマンチックなプロポーズに憧れていたけれど、日車さんならそういった気は利かなそうだ。

 ふと日車さんからの告白を想像している自分に気付いた。切羽詰まった場面だからではなく、死滅回游が起こらなかった平穏な日常において、私は日車さんから告白されることを期待していた。いつの間に日車さんを好きになったのだろう。こんな形での結婚に納得するくらいなのだから、まだ確立した気持ちではないのだろう。いずれにせよ、私達は死滅回游がなければ二人きりで話すこともない。それだけの仲だ。

 私はペンを取って、「妻になる人」の欄に署名した。まるで法律改正に反対する署名活動に与するような、静かな気持ちだった。