▼ ▲ ▼

 白鳥沢の寮で暮らしていた時のことだ。天童が買ったジャンプを、いつものように読ませてもらっていた。たくさんの人が読んでくたびれたジャンプを、天童は棚にしまった。俺が思い起こすのは、ジャンプに必ずついている葉書の存在だった。

「好きな作品があるんだろう。アンケートを入れなくていいのか」

 俺が言うと、天童は退屈そうに頭の裏で腕を組んだ。

「えー、誰かが入れるデショ」

 そういえば、天童は読めない奴だった。情熱を捧げているようでいて、誰よりも現実的な男。俺は天童に何か言うことはしなかったけど、それではダメだと思った。誰かに任せていては、いけないのだ。

「俺がお前と付き合わなくても誰かがお前を幸せにするだろうと思った。けどそれは無責任だと思った」

 二〇二〇年、冬の街。俺の前にはあの頃と同じく、苗字がいた。苗字は目を瞬いて俺を見ていた。自分でも、少し恥ずかしいと思う。あまり抱いたことのない感情だ。でも、決めなければいけない場面だとわかっている。

「幸せになってほしいと思うなら、俺がこの手でするべきだ」

 手を差し伸べると、苗字は自分の手を載せてきた。それを嬉しいと思ったから、やはり俺は苗字を好きなのだと思った。自分でなくてもいい、と押し込めていた時点で、俺の気持ちは明らかだったのだ。

 苗字の手を握ると、苗字の手の小ささを感じた。今までだって軽く触れたことはあったのに、俺は初めて好きな人に触った中学生のように、心を揺るがせていた。