▼ ▲ ▼

※単行本25巻以降のネタバレあり

「花をやる」

 東京が壊滅してから三日。どこで花など見つけてきたのか、日車さんは一輪の向日葵を差し出した。冬だというのに大輪の花を咲かせているそれは、さも立派に見えた。

「ヒマワリって、見つけるの大変だったでしょう。かわいらしいお花ですね」
「向日葵の別名は日車だ」

 私は日車さんの言葉に目を瞬いた。日車さんはむやみやたらに知識をひけらかす人ではない。つまり、何か言いたいことがあるはずなのだ。

 日車さんはその続きを言わなかったけれど、私は理解した。日車さんにとって自身の名のついた花を渡すという行為は、求婚だったのだ。向日葵をあげるということは、自分の苗字をあげることに等しいのだから。現在の日本において、男女別姓が認められていないことは日車さんが教えてくれた。

 花屋もジュエリーショップも壊滅している中で、何故花を拾ってきたのか。何故、指輪ではなかったのか。日車さんが戦地に行った今ならわかる。日車さんは死ぬことがわかっていた、あるいは死ぬ気だったのだ。添い遂げることができない身で、私を縛ることはできないと思ったのだろう。でも、それなら向日葵の別名など言うべきではなかったのだ。日車さんはどこかで、私に気付いてほしかったのではないか。私に好きだと、言いたかったのではないか。そう思うと、きゅうと胸が締め付けられる。戦いから生きて帰ってきても日車さん自身が納得できないのなら、私が生きる理由になる。だから、どうか無事に帰ってきますようにと、私は向日葵に願いを込めた。