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 男女問題、とりわけ離婚調停は法律相談の中でも多くの割合を占める。俺は得意としているわけではないが、特に不得意ではなかった。結果はそれなりに残している。それなのに、依頼人の俺を見る目は訝し気だ。

「何が足りないのだろうか」

 ふとこぼした疑問に、助手が答えた。

「未婚だから甘く見られるんですよ」

 彼女にとっては何気ない言葉だっただろう。だが、人生の多くの時間を勉強と仕事に費やしてきた俺にはそういった発想ができないのだ。俺は早速仕事終わりに宝石店へ行き、適当なデザインの指輪を頼んだ。

「一つください」

 店員は、俺が即決したこと、それからペアではないことに驚いたようだった。幸いなことにと言うべきか、俺は浮世離れしたような雰囲気を出しているらしい。深堀されることなく、俺は一つの結婚指輪を手にした。ただのカモフラージュだ。浮かれた顔の男達とは違い、俺は今日の夕食でも抱えているかのような足取りで帰宅した。

 それから、男女問題の依頼が一件あった。指輪の効果を発揮する時だ。書類に手を置く際、多少わざとらしくなってしまったのは否めない。今回の依頼人は、俺のことを疑うような目つきはしなかった。妻に隠れて不貞をしたと言う彼は、俺の話を一通り聞いてから言った。

「でも、俺のことを助けられないんですよね?」

 指輪を買ってから、期待していた何かが弾け散った。人は属性で簡単に変われない。わかっていたはずなのに。

 結局、依頼は俺が引き受けることになった。俺に対して文句があるようだったが、他をあたっても同じだと思ったのだろう。そういった事態には慣れている。ただ、またしても俺は依頼人を安堵させられなかったのだという失望に満ちていた。

 指輪を抜いて、机に置く。その拍子に部屋に入ってきた苗字が、目敏く指輪を見つけた。

「何ですか、これ?」

 苗字の声は驚いていた。まさか俺が結婚などするはずがない、できるような男ではないと思っているのだろう。そうだ。俺はいつもどこか、世間からずれている。

「結婚指輪だ」

 俺は言ってから小さく笑った。

「オマエにやる」

 そのまま部屋を去ってしまったから、苗字がどうしたかはわからない。結婚指輪をやるということが、プロポーズのようになってしまうのではないかと後から気付いた。でも、もうどうにでもなれだ。俺が結婚したところで、救える人の数が変わるわけではないのだから。