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 日本へ一時帰国することになった。俺は故郷、宮城へ寄ることにする。となれば名前に顔を見せるのは当然で――そう決めたわけではないけれど、会わないことには何かきまりが悪い気がして、俺は名前を呼び出した。

 待ち合わせたのは駅前のカフェだった。知らない間にこんな都会めいた店ができていたのだ。俺は感心しながら店に入る。名前は既に店にいて、ミルクと砂糖を入れたコーヒーを飲んでいた。

「久しぶり」

 俺はその向かいに腰掛け、名前と同じコーヒーを注文する。名前はあまり話す方ではないから――というより、緊張を誤魔化す方法が、俺は喋ることで名前は黙り込むことだから、俺は話した。アルゼンチンであったこと。バレー、その他諸々。

「あ、そうだ」

 俺は荷物の中から土産を取り出した。帰国する前、名前のことを思って買った土産だ。少し迷ったが、食べ物ではなく小物にした。なんとなく、後に残るものの方がいいのではないかと思ったから。

「いいえ、結構です」

 名前は冷静にそれを退けた。思ってもみない反応に、俺はしばし固まる。名前は一度コーヒーを口にし、それを飲み下してから言った。

「高校生の時、及川さんがくれた沖縄のお土産の方が、私にとっては大事なんです」

 修学旅行で行った沖縄のお土産。大したことはない、ただの置物。名前が好きなのは、その土産自体ではなく当時の俺なのだろう。俺は伸ばしかけた手を元に戻した。今思いが通じ合ったところで、地球の裏側にいる相手と交際などできない。そう思っているくせに、俺は名前と会うことに下心があったことを知る。遠距離恋愛は難しいから、と名前を退ける想像すらしていたのだ。名前は、まだ俺を追いかけてくれると思っていた。ところが、実際は。

 俺はその場で高笑いしたい衝動にかられた。実際、そうした方が名前の好きな「あの頃の及川さん」には近かっただろう。でも、俺はもう大人なのだ。過去の写真を懐かしむように、愛おしむように、俺は目の前の名前を見た。俺達は多分、二人とも傷付いている。