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「五条悟に抱かれに行ってこい」

 帰宅するなりおぞましい目を向ける直哉さんを見て、今日何かあったのだろうと察した。直哉さんの劣等感を刺激してしまうような、適わないと感じさせる何かが。

 直哉さんは私の腕を掴み、乱暴に出口の方へ引っ張った。

「俺の女が悟くんに見初められたら俺の株も上がるやろ。はよ誘惑してこい」

 直哉さんは既に禪院家で認められている。それでも五条悟や他の誰かと自分を比べるのは、向上心が高いと言うべきなのだろうか。まあ、自分を認めさせる手段として私を使っている時点で、あまり褒められた人間ではないだろう。禪院家において、女は人間として見られない。

 抵抗はしていなかった。それでも、直哉さんに対する私の感情が肌を通して伝わってしまったようだった。

「それとも俺以外に抱かれるんは嫌か?」

 私は首を振った。そんなはずはない。私は直哉さんに少しの恋愛感情も持ち合わせていないのだ。直哉さんだってそれをわかっているから、拒否させないための予防線としてわざと言っているのだ。

「悟くんに抱かれたら、直哉さんの方が気持ちよかったって言うんやで」

 直哉さんはそう言って私を外へつまみ出した。五条悟としてこなければ部屋へ入れないつもりだろう。私は小さくため息をついた。直哉さんの我儘に振り回されるのは慣れている。今回は五条悟を巻き込む形になるのが普段とは異なるが。

「僕と近付きたい? まあ別にいいけど、五条家に出入りする気なら今の所はやめてもらわないとなあ」

 身一つで訪れた私を、五条家の当主、五条悟は暖かく迎え入れてくれた。玉露のお茶つきだ。私はそれには手をつけず、じっと畳のへりを見て考え込んでいた。

 結局、五条悟と致すことはしなかった。今すぐに禪院家をやめますと言えばしてくれたのかもしれないが、それは私が勝手に判断していいことではない。直哉さんの元へこの話を持ち帰ると、直哉さんは目を血走らせて私を見た。

「は? オマエが俺の女中やめてええわけないやろ。オマエは俺の女の前に召使やねん。他の男にかしづくな」

 直哉さんは、自分が五条悟に抱かれてこいと言ったのを覚えているのだろうか。多分、覚えているけれど直哉さんのプライドが少々特殊なのだ。自分の女が奪われることは構わない。むしろ、相手によっては誇りを感じる。しかし、自分の召使としては、誰にも奪われることを許さない。

 その証拠のように、直哉さんは来ていた外套を私へ投げつけた。洗濯しておけという意味だろう。私が立ち上がると、「何しとんねん」と直哉さんが私の腕を引いた。今のは、これから行為をするという意味であったらしい。まったく、災難のような人に仕えてしまったものだ。