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 幼馴染の糸師凛は、どうにも口が悪い。会えば罵られるのは必定で、ラインなどのやりとりにおいても必ず罵詈雑言を入れてくる。それはもう、凛の語尾として悪口がついているのではないかと思うほどだ。

 普通のやりとりをしていてもそうなのだから、凛の怒りに触れてしまった時――たとえば、サッカーのことに部外者の私が介入した時は、さらに行動はエスカレートする。具体的に言えば、相手を(私を)ブロックするのだ。しばらく経ってから用がある時はきちんと通じるので後で解除しているのだろうが、それにしても質が悪い。喧嘩状態にある私と凛とのトークルームは、先程から無言のままだ。既読すらつかない。これはもうブロックされているのだろう。

「短気。凛のバカ」
「それでも好きなんだよ」

 どうせもう凛には見えていないのだから、心持としては企業の公式ラインに壁打ちするような気持ちだ。現実で言えたらどれほどいいだろうかと思う。けれど、凛にとって私は面倒な存在なのだろう。

 スマートフォンを置き、課題のテキストを開いた。数問の問題を解き、それは閉じられた。頭の中が凛に支配されている。凛はもう、私をブロックして綺麗さっぱり忘れているというのに。これは明らかに、不公平ではないだろうか。

 私が怒りさえ感じていた時、玄関が開く音がした。この時間帯に親は帰宅しない。私の中の第六感のようなものが、体に焦りを走らせる。

 確かな重みのある足音の後、ドアが開かれた。

「現実ではお前は俺から逃げられねえんだって思い知らせるために来てやった」

 振り向かなくてもわかる。凛だ。私は興味もない数学の問題文を目でなぞりながら、口を動かした。

「そっちがブロックしたんでしょ」
「前はな。今回はしてねぇ」

 まずい。私は目の前の壁を見る。私は凛にブロックされていると思って、本音を投げてしまった。でもブロックしていないということは、凛から見えていたのだ。

 今スマートフォンを取りだして既読を確認することは憚られる。なんだか必死のような気がして。いや、必死であるのだけど、凛の前ではどうでもいい風を装いたかった。

「このラインについてお前の説明を聞きたいんだが」

 ああ、もう知られている。説明も何も、好き以上の言葉はない。そうやってもったいぶっていないで、一刀両断してしまえばいいのだ。普段私に暴言を吐いているみたいに。

「わざわざそんなこと聞いてないでふればいいでしょ!」

 私はその時初めて凛の顔を見た。凛は思いのほか落ち着いた表情をしていた。そういえば、今回はブロックするほど怒っていなかったのだ。百面相をしているのは私だけだ。

「バカは撤回しろ。それ以外の部分は受け取る」

 受け取る、とは何なのか。好きなのか。付き合うのか。気持ちだけは受け取るという意味なのか。はっきり言わない凛がもどかしい。

「返事は!?」

 私が聞くと、凛はスマートフォン片手に「ラインでする」と言った。男のくせに意気地なしだ。

「卑怯者!」
「お前の方がだろ」

 それを言われては何も言えない。私達は同じ部屋にいるというのに、スマートフォンをじっと見つめていた。

 返事については省くが、それ以来凛からブロックされることはなくなった。それから、凛が数分以内に返事をする相手はごくわずかだと知った。私は既に、凛の特別の範囲内にいたのだ。つまりはそういうことである。