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「この間の試合、勝てました。応援ありがとうございました」

 部活で人が出払った教室は静かで、遠くに野球部の掛け声が響いていた。私達は二人だけ、まるで居残りでもしているみたいに隅に立っていた。私も赤葦くんも日直などではない。赤葦くんが私を呼び出した、それだけだ。

 そう、文言だけ聞けば、赤葦くんが放った言葉はめでたいものだった。全国常連である男子バレー部が、地区予選といえど試合に快勝した。同じ学校の生徒として、名誉なことである。だけど私が拍子抜けしてしまったのは――私の口から「ああ」とか「うん」しか出てこないのは――赤葦くんが私を放課後に呼び出したことにあった。

 もしかしたらそれは、私への配慮なのかもしれない。人前で男子を応援していると知られたくない私のために、赤葦くんは結果の報告を誰もいない場所にしたのだろう。それにしても放課後の教室というのは、ロマンスが起こるにはうってつけの場所だった。普通、そうやって声をかけられたら誰でも告白を期待するだろう。

 正直に言えば、私は肩透かしを食らったのだ。赤葦くんから付き合うとかそういった話を聞きたいのならば素直に告白すればいい、とは言わないでほしい。私にはその勇気がない。

「おめでとう。流石だね」

 赤葦くんは優美に微笑んでいた。部活盛りの男子高校生というよりかは、図書室で本を読みふけっていそうな目つきで。

 逃げるように私はカバンをとる。告白すらされていないが、この状況は刺激が強い。

「じゃあ、また――」

 そう言いかけた時にふと気付く。私でさえ絶好の告白日和と思うのに、赤葦くんが気付かないわけがあるだろうか。谷崎潤一郎から平野啓一郎まで愛読する、あの赤葦くんが。

 視線を上げた時、赤葦くんは笑っていた。先程とは違う、言いたいことはわかっているとでも言いたげな顔つきで。

 もしかしたら、赤葦くんはわざとやっているのかもしれない。そして楽しんでいるのかもしれない。先程とはまた違った緊迫感で、私は逃げ足を速める。赤葦くんの前で、私はあまりにもわかりやすかった。