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 どうしてこの状況になったのかは省かせてもらうが、現在私は冴・凛とレストランの同じテーブルにいた。決してミシュランの星がつくようなレストランではない、しかしファミリーレストランでもない、雰囲気のいい個人店だ。

 冴と凛が喧嘩をしたままであることは――あるいは凛が冴を敵対視しているままであることは――出会い頭に凛が舌打ちをしたことでわかった。私は冴と言葉少なに会話をし、かと思えばこの場を仕切る気かと怒る凛を宥め、重い雰囲気のまま食事を終えた。本当に緊張が走るのは、これからである。

「どけ。俺が払う」

 席を立った冴に、凛も次いで立ち上がった。プライドの高い、ましてや冴と仲の悪い凛のことだ。お兄ちゃんに奢ってもらう、などということは許せないのだろう。予想していた事態ではあるが、胃に悪い展開だ。

「お前はまだ小遣いの身だろ? 素直に礼も言えねえのかよ」
「兄貴だってそんな稼いでるわけじゃねえだろ。俺が払う」

 凛は財布を見せつける。冴がスペインへ行ってからどれくらい稼いでいるかは知らない。日本では有名だが、スペインではどれほどか、夢のある額を稼げているのか、私は聞いたことがない。冴の稼ぎというのは、ある意味で禁句だった。それを凛は易々と踏み込んでしまう。

「見栄張ってんじゃねぇよ。もう俺のカードが登録してある。お前はまだカードも作れねえ歳だろ」

 冴がスマートだと思うのはこういう所だ。予約の時点で支払情報も登録しておいたのだろう。こういう手口で数多の女の子を落としてきたのだろう。今私と食事をしていて誰かに浮気を疑われやしないか、と急に不安になってきた。

「じゃあせめて名前の分だけでも払う」

 凛はどういうわけか、私の分を払うという譲歩をした。本当にどういう理屈なのだろう。それでは私が凛の所有物みたいだ。奢られたくないなら、自分の分だけ払えばいいと思うのだけれど。

「何でだよ。三人まとめて俺が払う」

 冴がいよいよカウンターへ行こうとした時、それまで傍観に甘んじていた私が口を開いた。

「あのー……、私自分で食べた分くらいは払うけど」
「お前は払うな」

 二人同時に返され、私は閉口した。何故か私の分を奢る前提になっているが、私に奢られる道理はない。しかし、そんな言い訳は通じないようだった。

 結局この場は冴が払い、不機嫌な凛と一緒に店を出たのだった。「ごちそうさまでした」と言うと、冴はどうでもよさそうに「ああ」と言った。