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「一緒に買い物に来てくれないか」

 同じ高校出身、上京仲間。私達の縁はその程度のものだった。しかし学内での有名人だった牛島若利に一方的に憧れていた身からすれば、それは目が眩むようなお誘いだった。

 ああ、勇気を出して連絡先を交換しておいてよかった。彼の下宿先と私のアパートが近いと知ったのは最近のことだ。この辺りは学生街で、洒落た店はあまりない。でも牛島くんが選ぶ店ならば、きっと私にとってパーティー会場のように見えてしまうことだろう。

 過大な期待を持って集合した先は、街で評判のスーパーだった。

「今日は卵が安い」

 牛島くんは別の店へ行くでもなく、スーパーの中へ入った。私を呼んだ理由は卵売り場で理解した。

「自炊、するんだね……」

 おひとり様一つまで。つまり、牛島くんは卵を二パック買うために私を呼んだのだ。デートなどではなかった。肩を落としながらも、そういった時頼られることに微かな喜びを感じる。

「毎晩外食するわけにもいかない」

 流石と言うべきか、牛島くんは食事に気を使っているようだった。

 以降、私は時折呼び出された。目的はわかりきっていたが、私はまるでディナーに繰り出すような服装でスーパーに赴いた。一応、これもデートと言えなくもない。

「初めて誘われた時びっくりしたよ」
「気楽に誘える友人が他にいないと言うのも恥ずかしくてな」

 牛島くんは私にそんな本音を披露してくれた。この時には、私も自炊をするようになっていた。完全に牛島くんのおかげである。卵、野菜、肉。私の買い物に対する知識は増えていった。

 ある日、いつものようにスーパーに呼び出された。私には牛島くんがいるので、チラシの確認はしていなかった(なんとも贅沢な牛島くんの使い方だ)。だから、牛島くんが何故特売のサラダ油の前で動きを止めたのかわからなかった。

 早くしないと、サラダ油はなくなってしまう。どうして手を伸ばしたまま微動だにしないのだろうか。赤と黄色で作られたポップに視線をやる。するとそこには、おなじみの「おひとりさま一点」の文字はなく、代わりに「ひと家族さま一点」の文字があった。

「か、家族じゃないよね?」

 咄嗟に私は口走っていた。私達は同じ家の生まれではないし、学生の身で結婚もしていない。勿論、同棲もしていない。

 当たり前だろうと一蹴されるかと思いきや、牛島くんは躊躇いがちに答えた。

「ああ。だが今晩はお礼に俺の家でご馳走しようと思っていたんだが、一緒に帰宅する場合家族にならないだろうか」
「友人だよ、友人!」

 私は牛島くんが好きなくせに、押し寄せる羞恥と興奮にのまれたまま友達を主張した。牛島くんが私を呼んでご馳走してくれようとしていたなど、知らなかった。牛島くんが私を家族かどうかで悩む日が来るなど、思いもしていなかった。

 私はそそくさと油のボトルをとり、レジへ向かった。レジの人に同じ家庭だと疑われたらどうしよう。ありもしない想定に悩みながら。