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「スマホを見せてくれる?」

 念願の漫画編集部に配属されて初めての仕事は、上司にスマートフォンを見せることだった。

「編集者として違法サイトで漫画を読んでいるなんてことがあったら言語道断だからね。ちゃんと公式の漫画アプリが入ってるか」

 私は特に抵抗なくスマートフォンを差し出した。競合他社の漫画アプリなどを入れていたら怒られるのかと思ったら、そうではないようだ。確かに、漫画を扱う編集者が違法サイトで読んでいては話にならない。

 赤葦さんはスマートフォンのホーム画面を数度スクロールすると、「よし」と言って私に端末を返した。

「ラインでも見られると思った?」

 その顔は少し笑っている。私はそれほどに、不安そうな表情をしていたのだろうか。だとしたら多分、今日から始まる新しい仕事に緊張しているからだ。

「私は恋人にライン見られても平気なタイプなので、別に」

 嘘はついていない。恋人にスマートフォンを見られたいと言われたら――面倒だとは思うが――差し出すだろう。赤葦さんとは仕事の仲なのだから何とも思わない。これから仕事でお世話になることを考えたら、ある意味恋人よりもラインの中身を見られたくないと思うべきなのかもしれないが。

「じゃあ苗字さんと付き合ったら毎週ラインをチェックしようかな」

 赤葦さんは楽しそうに言った。社会人になって数年、大人のジョークというものを私も理解してきた。

「赤葦さんって束縛するタイプですか?」
「好きな子にはしちゃうかもね」

 あまりそういうことを言っていると、社内で規律が乱れるのではないか。よく見ると整った顔立ちをしていることに気付き、私は一丁前に社内風紀について心配してみせた。だが、そこは私より先輩の赤葦さんである。

「じゃ、会議始めようか」

 明らかに場の空気を変えて、椅子に座り直した。私も背筋を正して赤葦さんの話を聞く姿勢に入る。これから、編集者としての仕事が始まる。