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 二月が過ぎ、早くも春が訪れようとしている。人々が慌ただしく日々を過ごす中、佐久早はどこか不満を隠せずにいた。春高も期末試験も終え、佐久早には何の問題もないように思える。しかし、佐久早は恋愛面において一つ引っ掛かりを感じていた。

 学校中の男子が浮き足立つ日、バレンタイン。佐久早にとっては彼女がいるのでチョコの個数は関係ないと思っていた。彼女から貰えればそれでいいのだ。佐久早は他の女子からのチョコも義理でない限り断り、彼女――名前に呼び出されるのを待った。ところが待てども待てどもその気配はないのである。自分から言い出すのも許せなくて、何もしないでいる内にホワイトデーを迎えようとしていた。名前にはホワイトデーに何をあげようか、なんて考えていた自分が恨めしい。まさかバレンタインに名前からチョコを貰えないなど思わなかったのである。佐久早の不満は爆発し、一歩前を歩く名前に声をかけた。

「おい」
「何?」
「何で俺にはチョコくれなかったんだ」

 名前はきょとんとした様子で振り返った。「付き合ってるから」当たり前のように言う。付き合っていてもチョコは送るものではないのか。付き合っているからこそ、チョコに気合を入れるものではないのか。クラスの女子を思い出し、佐久早は眉間に皺を寄せる。名前はピンクの指先を合わせた。

「バレンタインは好きな人に思いを伝える日でしょ。私達はもう思いが通じ合ってるから、いいかなーって」

 佐久早はしばらく黙り込んだ後、「自分で思いが通じ合ってるとか言って恥ずかしくねえの」とマスクの中で呟いた。

「どっちにしろ告白は私からしたんだからいいじゃん! 気持ちは伝わってるってことで」

 名前はなあなあにして話を逸らす気だ。追及したい気はあるが、それもみっともない気がして佐久早は黙り込んだ。佐久早の一歩前では、相変わらず名前がとりとめのない話を続けている。

「え、何これ」

 翌日、佐久早は小綺麗な箱を手に名前へ差し出していた。明らかにプレゼント用だろう包みを見て記憶を探る名前だが、何かの記念日や誕生日ということはない。

「ホワイトデーのお返し」
「え、今日? ホワイトデーまだだけど……ていうか、私聖臣にあげてないよ?」

 名前からチョコを貰った妄想でもしているのかと問われた気分になって、佐久早は食い気味に「知ってる」と言った。

「俺はお前と違って何度だって好きだって言ってやる。ホワイトデーが好きを伝えるイベントなら、俺はサボったりしない」

 言外に名前を責めているのだが、名前は気付いている様子もなく目を輝かせた。

「これ開けてもいい!?」
「おい、告白してんだぞ。チョコよりそっちだろ」
「まず箱の中身が気になる!」

 夢中でラッピングを開ける名前にため息の一つでもつきたくなる。なおも佐久早が目を細めて見ていると、「聖臣が私のこと好きなんて当たり前じゃん」とのたまうので頭を手で掴んでやった。