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 進学を機に一人暮らしをすることになった。なんとなく、そのことは私の口から凛に伝えないといけないような気がしていた。その予感通り、凛は表情を曇らせた。

「お前まで俺を置いて行くのか」

 凛が、冴に対して「置いて行かれた」というある意味子供らしい感情をむき出しにすることが意外だった。凛とは本当はもっと子供じみた人間で、普段はそれを抑えているだけなのかもしれない。今になって、もっと凛と向き合えばよかった、と思った。向き合うも何も、凛は私の家族でも恋人でもないのだが。

「冴くんみたいに海外じゃないんだから、いつでも会えるよ。その内遊びに来たら?」

 そう言って私達は別れた。凛は見送りに来なかった。拗ねているのかと思ったが、単純に異性の幼馴染の出立に見送りまですることが恥ずかしかったのかもしれない。少しの物足りなさを抱きつつ東京での暮らしを送っていたある日、凛からラインが来た。内容は、私の家に来てもいいかというものだった。

「もちろん」

 遊びに来るように言っておいてなんだが、本当に来るとは思わなかった。あのサッカー一筋で、人間に興味などなさそうな凛が。

 いや、私がそれを言ってはいけないのかもしれない。凛は冴に置いて行かれて傷付いていると、私だけは理解してあげなくてはいけないのだ。

「いらっしゃい」

 凛は軽装で現れた。私が新しく住む部屋を見回すこともなく、じっと私を見上げている。私など、引っ越す前に散々見ているはずなのに。

「何かあったらまた名前の家に来ていいか」

 私は一瞬動きを止めた。鎌倉から私の住む区までは、そこそこ時間がかかる。でも冴のいない今、私しか頼れる人がいないと言うのなら、私は全力で凛を支えるつもりだ。

「いいよ、来て。何回でも」

 凛の手を握る。その瞬間ぐいと腕を引かれ、私の顔は凛の胸に着地していた。何が起こったのかわからない。先程までの弱弱しい声からは考えられない力の強さだった。

「俺はお前の弟じゃねえし子供でもねえ」

 もう、普段の強気な声に戻っていた。まるで前々からの不満を吐露するように、語気が強まっている。

「安い演技に引っかかってくれてどうもな」

 凛は私の体を離し、顔と顔を近付けた。凛は怒っていて、それでいて脅迫するような表情を浮かべていた。

「お前は一人の家に男を上げたんだ」

 先程までのやりとりは、言質をとっていたのだろう。今更ながらに凛に誘導されていたことを知る。でも、冴がいなくなって凛が置いて行かれた気持ちになったことは、真実ではないだろうか。

 幼馴染に甘えることも正攻法でできない、この不器用な男のことを愛おしく思う。私に凛への恋愛感情があるかと言えばそうではないけれど、長い間弟のように見守ってきたからこそ、凛の思いに応えたいと思ってしまうのだ。

「いいよ、凛」

 私は凛の首裏に腕を回す。同情なんて、後から凛を傷付けるだけかもしれない。それでも今は、こうするほかに凛を慰める方法がない。凛は顔を傾け、私に口付けた。