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「どうせ置き傘用のビニール傘だし、持って行っていいよ」

 雨宿りをしていた影山に対してそう言ってくれたのは、クラスメイトの苗字名前だった。冷たい雨が降る一月、体を長時間濡らすのは体調を崩すリスクがある。影山は有難く傘を借りたのだが、途中寄ったコンビニで傘を盗まれてしまった。ビニール傘だからその確率は高いと言えばそうなのだが、この国にはそんな野蛮な輩がまだいるのかと、呆気にとられてしまった。苗字の優しさに触れたばかりだから、余計に。

 幸いそこはコンビニであったので、影山は代わりの傘を買って帰宅することができた。しかし問題は苗字にどう言うかである。折角借りた傘を盗まれてしまいましたでは情けない。せめて、代わりの傘を一緒に差し出す必要があるだろう。

 というわけで、影山は部活帰りに雑貨店に寄っていた。あの日買った傘は影山がもう使ってしまったし、どうせ渡すなら新品がいいだろう。

 傘売り場の前で難しい顔をしてみせる影山に、菅原が近寄る。

「何してんだ? 今日雨じゃねえぞ」
「菅原さん」

 影山はかいつまんで事のあらましを説明した。傘を借りたけど盗まれてしまったこと。新しい傘を、プレゼントするつもりであること。プレゼントと言えば聞こえはいいが、要は弁償だ。ビニール傘を手に取った影山の前で、菅原がピンクの傘を手に取った。

「ビニール傘じゃまた盗まれるかもだぞ。女の子にあげるんだし、少しくらい可愛いのにしないと」

 影山の動きが止まる。それは影山も考えていたことだった。女子にあげるなら、可愛いデザインの方がいいのではないかと。しかし影山にしてみれば、女子が喜びそうなデザインの傘を選ぶことは現代国語で満点をとるより難しい。

「カワイイのって言っても、種類がありすぎて……」

 傘から視線をそらした影山の横で、菅原が腕を組んで頷いた。

「傘の趣味はパンツの趣味って言うくらいだからな。女用は色々あるんだよ」
「はあ」

 結局その日、傘の柄は決まらなかった。即決できる方がおかしいだろう。結局、本人に選んでもらうのが一番なのではないか。誕生日のサプライズプレゼントというわけでもないのだし。影山は、その結論に至っていた。

 翌日、一年フロアの廊下を風を切って歩いた影山は、苗字を廊下に呼び出す。

「何?」

 不思議そうにしている苗字に、影山は至って真剣に尋ねた。

「苗字さん、パンツをプレゼントされるなら何柄がいいですか?」

 一つ弁明しておくなら、影山は傘を弁償するということを隠しておきたかったのだ。そんなことを言ったら、苗字はきっといいと言うに決まっているから。しかしその配慮が、思ってもみない結末を生むことになる。ドア付近の席の人まで巻き込んだこの騒動は、一年生全体に知れ渡ったという。