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 待ち合わせ場所に立っている研磨は普段通りの涼やかな顔をしていた。でもどこか浮ついていることは、長年の付き合いである私にはわかる。

「お待たせしました」

 満を持して私が登場すると、研磨は一瞬驚いた後落胆した表情を作った。

「何で名前なの……」
「研磨の配信を応援したくて」

 事の次第はこうだ。私は研磨のフォロワーとなり、研磨の活動を支援していた。最初は身内だから見守ってやろうという気持ちだったが、途中からは本気で研磨を応援していた。ファンを装ってダイレクトメッセージを送ったのは数か月前のことだ。何の気まぐれか研磨から返信が来て、それなりに会話が盛り上がった。会おうと持ち掛けたのは研磨だった。研磨はこれほど軽い男だったか、こういった手口に慣れているのかと驚いたものだ。もう会うとなったら、中身が私だとネタバレをするしかない。研磨は私にやり口がバレたことではなく、今日のオフ会がプチ同窓会になったことに落胆しているようだった。

「今日、オフ会っていうかオフパコのつもりだったんだけど」

 耳慣れないオタク言葉。その中でも卑猥なものを研磨が使うのはイメージと違った。

「名前だったらできないじゃん」

 研磨は拗ねた小学生のような表情を浮かべた。研磨は、成人した男性らしく性欲を持ち合わせているようだ。そして、それを隠さない。身内だったら簡単に手を出さないという分別もある。研磨が大人になったのだ、と私はひしひしと感じた。

「ここでホテルに連れ込むことはしないんだね」

 私が言うと、研磨は嫌そうな顔をして「当たり前でしょ」と言った。

「名前はそういうのじゃないから」

「そういうの」の対象の女の子なら随分簡単に手を出してしまうのだと、私は一歩引いた場所で見つめていた。礼儀正しいのか、そうでないのか、どちらなのだろう。

「帰りたい?」

 研磨の顔色を伺うように私が言うと、研磨はマスクをずらして口を出した。

「できないなら即帰るとか、そういうのじゃないから。折角外に出たんならご飯くらい食べようよ」

 どうやら、今日のオフ会を楽しむ気はあるようだ。私は騙していた責任を感じつつも、研磨との一日を楽しもうという気になった。

「じゃあ行こうか」

 幼馴染として、研磨が性的にも熟したことは俯瞰して見なければいけないのだろう。そういった面を私に隠さない研磨の態度が、私を少し大人にさせた。