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「あ、委員長だ」

 そう言って気の抜けた笑みを浮かべる男を見て、私は咄嗟に口走っていた。

「反社会的勢力」
「もう、名前で呼んでよ」

 と言いつつも、本気で正す気はないのだろう。彼は私の隣へ並ぶと、そちらへ用もないだろうに私と同じ方向へ歩き出した。

 私達があだ名で呼ぶようになったのは、彼が殺人をしているところを目撃したからである。笑顔でこそあったものの、脅迫をしてから息の根を止める手口はまさにヤクザのそれで、私は「反社会的勢力」と呼んでいる。私が殺しを咎めると、彼は「学級委員長みたい」と言って私を「委員長」と呼ぶようになった。果たして彼が学級委員会のあるような学校に通っていたかはわからないが。

 私が咎めたところで、彼は殺しをやめない。殺人現場を見せたのだって、ミスをしたわけではないのだろう。私ごときに見られたところでどうでもいいから、彼は見せたのだ。お互いに距離をとっているようで親しげに会話をする、彼はそういうことが上手い。

「そういえば僕この街に越してきたんだ」

 私は眉を持ち上げてみせた。ろくなことをしない彼のことだ。この街の治安が悪くなりかねない。その前に、彼は法を守っているのだろうか。

「反社会的勢力は賃貸を借りられないはず」

 私が教科書を読むような声色で言うと、彼はまた笑ってみせた。

「だよね〜。じゃあ持ち家買ったら委員長遊びに来る? それとも委員長の家に住まわせてくれる?」

 法を守らせるために、私に家に泊めろと言うのか。けれどもそれも本気ではないのだろう。彼はきっと、偽名を使って賃貸を契約するくらい朝飯前だ。

「反社会的勢力と二人にはなれない」

 持ち家だろうが、私の家だろうが、殺しをする人間と二人きりなんて危険すぎる。私の言葉の後に、彼の笑顔に影がさした。

「今だって二人きりだよ?」

 駅へ向かう一本道。不思議とすれ違う人はいない。周りに住宅はあるが、助けを求めても反応してくれるかは怪しい。

 一瞬息が詰まったようになりながら、私は漸く呼吸をする。

「今なら逃げられるから」
「へえ、逃げられると思ってるんだ」
「反社会的勢力は私みたいな一般人を本気で追いかけたりしない」

 彼は最初から本気でなかったくせに、「ちぇっ」と言って頭の裏で腕を組んだ。彼が私を本気で追いかける日など来ない。彼が私を意識する日など来ないのだ。それがいいことなのか、悪いことなのか、今は判断がつかない。

「あ、駅だ。じゃあね」

 手を振った次の瞬間には、彼は魔法のように消えていた。