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「これ、受け取って?」

 小さな包みを見て、思わず凛は嘆息したくなった。

 この時期は、どうも浮かれる女子が多い。苗字をその一人だと言うのは少し憚られるが、結果としてチョコを渡しているなら同じことだろう。断ったらきっと想定以上に冷たい言い方になってしまうと思いつつも、凛は断る以外の選択肢を持たない。いい、と口を開こうとした時、先に苗字が動いた。

「日直の仕事、結局糸師くんがほとんどやってくれたからお礼」

 一瞬呆気にとられる。二月だからてっきりそうだと思っていたけれど、学校に財布を持ってくることが認められている高校生にとって、お礼をお菓子で表現するのはよくあることだ。バレンタインを意識していたのは凛の方だったのだ。凛はどこか安堵した気持ちでチョコを受け取った。

「バレンタインだと思って断ろうとしてた。悪い、サンキュ」

 苗字は凛に不用意に惚れるような女子ではなかったのだ。苗字を傷付けなくて済むことにどこか安心しながら、凛は包みをポケットにしまった。

「想いがこもってるチョコはダメってこと?」

 ふと苗字が発する。凛はポケットに手を突っ込んだまま、眼下の苗字を見た。苗字は随分張り詰めた表情をしていた。

「そのチョコをあげるのに、下心あるけど」

 凛は固まったまま目を見開いた。苗字は凛に――語弊を恐れずに言えば――惚れているのだ。凛は受け取ってしまっていいのか。そもそも凛が受け取ったのは、想いがこもっていないからなのか。それとも苗字だからなのか。いずれにせよ、既に凛は受け取ってしまった。苗字は凛の例外になってしまったのだ。内心舌打ちをしたいような気持ちなのに、どこかむずがゆい感覚もある。こんなの、バレンタインに浮かれている普通の男子のようではないか。これをわざとやっているなら、随分策士だ。凛は敗北を喫するほかなかった。