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「あ」

 体育館の片隅で、私達は確かに目が合っていた。向かいから来た彼と一瞬歩みを止める。私の記憶を、半年前へと遡る。

 一般受験日の白鳥沢は、人で溢れていた。進学校ゆえに、すれ違う受験生の表情はみな緊張している。会場になる教室に向かおうとしていた時、一枚の紙が私の前に舞い降りた。影山飛雄。それは間違いなく、受験票だった。

「落としましたよ」

 言ってから、受験生に「落ちる」は禁句なのではないかと思った。でも私だって受験生なのだし、今更気にすることでもないだろう。

「あざす」

 影山君は、そそくさと受験票を受け取る。その様子を見ていたら、私の緊張もほぐれていた。

「頑張ろうね」

 馴れ馴れしいと思われたかもしれない。影山君の反応を見ずに、私は再び歩き出した。その後、私は受かったが、合格発表の日も入学式の日も影山君はいなかった。落ちたのだ。一度会話をしただけなのに、何故か心に残る。私が「落とした」など口にしたからだろうか。影山君がどこの高校へ行ったかどうかは、今知ることができた。烏野高校。これから私達白鳥沢学園のバレー部が戦う相手だ。

 私はなんと口にするべきかわからなかった。落としたと言ったことを謝るべきか、再会を喜ぶべきか。そもそも、そんなことを話すほど親しい間柄ではないか。でも彼も確実に私に気付いている。影山君は目を見張って私を見ていた。

「今回も絶対俺のこと応援させます」

 私が呆気にとられている間に、影山君は去って行った。受験の時のはお互いを励ましただけで、特に応援したわけではないのだけど。というか、今だって私が白鳥沢なのは制服を見れば明らかなのに、影山君は私に応援「させる」と言うのだ。何と王様らしいのだろうと思っていたら、その後の試合で彼の異名を聞いた。本当に王様だったのだ、と私は小さく笑った。