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「ん」

 バレンタイン当日、侑は手のひらを名前に差し出した。二月の十四日など歩いているだけでチョコを押し付けられる侑がわざわざ出向いてやっているのだ。侑は限りなく名前に歩み寄ってやっているし、名前は侑に感謝してほしい。というか、チョコ待ちをしているのを見られるのは恥ずかしいので、早くチョコを渡してこの場から立ち去らせてほしい。

 薄目で名前に催促すると、名前はじとりとした視線を向けた。

「何?」
「だから、渡すもんあるやろ」

 決して名前と一緒にいる所を見られるのが恥ずかしいのではない。女からもてはやされている侑が、自分からチョコを受け取りに行っているという図が恥ずかしいのだ。

 名前は唇をへの字に結んだ後、侑を視界からはじき出すように横を向いた。

「チョコちょうだいも素直に言えん奴にあげるもんはあらへん」
「はあ!?」

 素っ頓狂な声を出すが、こうなった名前が頑固であることは侑がよく知っている。名前は素知らぬ顔で友チョコを配り始めた。女はともかく、男に義理でも渡さないだろうな。

 見ていられなくなった侑は、名前の友達の鞄からチョコを強奪した。名前のチョコは赤のリボンでラッピングされているから、すぐにわかる。

「あ、それ私の」

 侑はチョコを手に名前を睨んだ。これで侑の気持ちは伝わったか。名前の友達が横で何か言っているのを無視して、侑はチョコをポケットに入れる。名前は怒るでもときめくでもなく、からかうように目を細めた。

「そんなにみっちゃんからチョコ欲しかったん?」
「は……?」

 そういえば、侑がチョコを奪った名前の友達は「みっちゃん」と呼ばれていた。「みっちゃん」から名前のチョコを奪った侑は、名前ではなくみっちゃんのチョコが欲しいと思われているのか。

「みっちゃんのことが好きならそう言えや」

 この女は、どこまで本気で言っているのだろう。自分で言うのもなんだが、侑は結構わかりやすい方だと思うのだけど。

「このアホ!」

 振り回されているヒロインのような声を出して、侑はチョコにかじりついた。名前のチョコは甘く、口内で溶けた。