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はい、と渡された袋を見て、俺は一瞬動きを止めた。それは間違いなくバレンタインチョコであり、俺と苗字の間でバレンタインのやりとりをするというのは早々簡単なことではない。俺は言葉を探し、苗字の気持ちに対面しないための方法を模索した。
「ホワイトデー、俺はもう日本にいないんだけど」
「うん、だからお返しはいらない」
そう言う苗字は随分吹っ切れた顔である。俺の気持ちを考えたことがあるのだろうか。
「お返しはいらない、かぁ」
苗字はバレンタインチョコを渡して自分の気持ちを清算できるだろう。でも俺は、一生お返しをできないまま、引きずっていかなければいけないのだ。それくらいには、苗字は俺にとって大きな存在だった。それでもアルゼンチンから時折日本に帰国してお返しをしようとは思わなかった。多分それが一番、残酷なことだから。
苗字を苦しめないために、俺が苦しむのだ。チョコは食べて終わりではない。苗字からバレンタインにチョコを貰ったという事実は、俺の人生に一生残る。
「まあそのくらいはしないとね、受け取ってあげる」
俺は袋を受け取った。苗字は少し唇を尖らせて、「なんでそんなに上からなの」と言った。相思相愛であるのに付き合えないせめてものお詫びだと言ったら、苗字はきっと不審がるだろう。だからこの気持ちは、アルゼンチンに持って行く。溶けたらすぐに消えるチョコのくせに、なんてしつこいのだろうと思った。
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