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 それなりの大企業ともなると、社内恋愛を禁止していないところも多い。一口に社員と言っても、何千人といればほぼ他人の関係もあるからだ。だが、流石に同じチームで懇意にしているのはどうなのだろう。スポーツ漫画担当チームの新人は、二人を見て疑問に思わずにいられなかった。

「うちって社内恋愛大丈夫でしたっけ」

 そう言っている先から、苗字が惚れっぽい目を赤葦に向けている。先程「今日仕事終わり暇?」と言っていたのも聞き逃さなかった。なんというか、そういうのは隠れてやるべきではないだろうか。

「この人は口だけで実行に移さないんで大丈夫です」

 赤葦は苗字を視界に入れず、原稿の入った封筒を開封した。そのスルースキルはとてもではないがここ数年でついたものとは思えない。彼には、苗字のような人を引き寄せてしまう何かがあるのだろう。

「私はちゃんと本気だよ!」

 苗字が主張するように拳で机を叩いた。次の瞬間、赤葦が苗字の椅子の背を掴み、ぐっと顔を寄せる。見ていた新人でさえ、息を忘れて見入ってしまうような光景だった。当然と言うべきか、苗字は赤葦にまとわりつくのを忘れぼうっとしている。

「ほら」

 それが答えだとばかりに、赤葦は元の作業に戻る。先程のは苗字が赤葦に迫り返されれば何もできなくなることを証明するためにやっていたのだ。つまりは、苗字は本気で赤葦を好きでないと。それにしては、随分本格的な手口だった。

「遊んだな!?」

 苗字は一呼吸置いて普段の元気に戻った。そうやって気があるそぶりをするあたり、赤葦も社内恋愛をする気があるのではないかと思った。少なくとも、ただの同僚にあれほど迫ることはしないだろう。大人の世界は結構シビアだ。それを指摘したら自分には他人行儀で当たられるのだろうな、と新人は思った。