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 朝の空気は冷たく澄んでいた。どこか白く靄のかかった町の中に一歩踏み出そうとした時、自宅の門のそばに立っている男を知る。及川は真剣な表情をして、それでいてどこか拗ねているように眉をしかめていた。でも、多分今日会いに来るということは、応援しに来てくれたのだろう。私はどうして及川に自宅を知られているのかと考えて、この三年間の中で及川に家まで送ってもらったことがあったのだと気付いた。

 及川は私が道へ出ると隣へ並び、まるで一緒に向かうことが決まっているかのように足並みを揃えた。

「お守りってさあ、買う方も結構緊張するもんだね」

 と言うからには、及川はお守りを買ってきたのだろう。私は及川へ必勝のお守りを買った時のことを思い出していた。勝ってほしい、と確かに思っていた。でも及川が頑張っているなら、結果などどうだっていいという思いもあった。及川はやはりスポーツマンだからと言うべきか、結果にこだわる男のようだ。

「俺は勝てなかったけど、お前は絶対勝てよ」

 及川は立ち止まり、拳を突き出した。私は拳を突き合わせるべきか迷ったが、素直に手のひらを出すとお守りを置かれた。「合格祈願」と書かれた赤いお守りは、私がこの三年間で初めて及川から貰ったものだった。私の努力は実を結んだのだろうか。いや、それを証明するのはこれからだ。

「頑張ろうね」

「頑張ってくる」と言おうとしてやめた。及川はまだ負けていないからだ。確かに及川の高校でのバレーは終わったが、及川自身の戦いは終わらない。及川はきっとこれからも、一生挑戦し続ける。相手が牛島若利ではなくたって、他のすべてを倒すまで。

 及川は自信ありげに笑った。それにつられて、私も大きく一歩を踏み出した。もう及川はついてこない。それでいい。大学受験という名の私の戦いは、これから始まる。