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 私がカイザーの服の裾を掴んだのは声をかけるよりそうした方が早いと思ったからで、それ以上でも以下でもなかった。だがカイザーはそれを甘えている行為と捉えたのだろう。後ろを振り返る表情は、嫌悪と侮蔑に満ちていた。

「いい加減にしろ、お前はもう俺のゴミだ……なんだ、名前か。どうした?」

 今度嫌悪に染まるのは私の方だった。カイザーは私を、数多くいるカイザーの女の一人――つまりセフレと思ったのだろう。カイザーがそういった女相手にどういった態度をとっていようがどうでもいい。しかし私も、そのセフレの一人なのである。まるでカイザーの特別だと言わんばかりに声色を甘く変えられると、無性に気味悪いのだった。

「私だからって態度変えるのやめてくれる?」
「いいだろ? 俺達の仲なんだから」

 カイザーは私の腰を抱いた。先程までの態度とは大違いである。私はそれを引き払い、カイザーに向かって叫んだ。

「ただのセフレでしょ!」
「俺はセフレにも本気だぞ」

 カイザーは素直に振り払われた。カイザーなら力ずくで抱いたままでいることもできたと思うが、私の意思を尊重したのだろう。そうやって気を利かせるところが、今はもどかしい。

「寒いセリフとか言わないでよね」

 別にこれはフリではない。だというのにカイザーはにんまりと笑った。まるで悪戯を思いついた子供のように。

「愛してる」
「やめろー!」

 愛の言葉を聞きたくない私を面白がるようにカイザーは繰り返した。カイザーが一人の女を贔屓するなど、解釈違いにもほどがある。気味の悪い真似はやめて、早く浮気でもしてきてほしい。私の願いを聞いたら多分、素直ではないカイザーは私に構うのだろう。