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 未成年は恋愛対象として見れないから、というのが彼の告白を断った言い訳だった。乙骨くんは、食い下がるでもなく素直に頷いた。

「そうですか。わかりました、これからもよろしくお願いします」

 私より年下のくせに、私より人間ができているのではないか。そう感じさせるほどの潔さだった。実際、私と乙骨くんは五つも離れていないのだけど、私が乙骨くんを「付き合ってはいけない」と強く意識するには、未成年という壁は十分だった。乙骨くんは私に何も気負わせない足取りの軽さで、廊下を去って行く。その姿に、何故かこちらが名残惜しくなった。

 乙骨くんは呪術師として私より格上だったし、人間としての練度も上だった。数か月が経った後、私達は任務を同じくした。乙骨くんは過去のいざこざなど気にさせないそぶりで乗車してきた。私は乙骨くんを意識していたけれど、別に付き合っている人がいた。だから乙骨くんが何もなかったようにふるまってくれるのはありがたかった。

 数キロを走った時点で車の調子がおかしいと言い、補助監督が下車してガソリンスタンドへ向かう。車には私と乙骨くんだけが残された。この不自由な静寂に、乙骨くんは急に距離を詰めた。その近さは男女を意識するには十分なもので、私は戸惑わずにはいられなかった。

「乙骨くん?」

 大きな瞳が怪しく光る。数か月前、聞き分けよく去って行った彼とは別人のようだった。

「僕は恋愛対象ではないんですよね? なら何をしても大丈夫ですよ」

 まるで、今から何かをすると宣言しているかのようだった。それが何であるか私は薄々勘づいているのだけど、声に出すことが怖かった。私には彼氏がいる。でも、「未成年は恋愛対象ではない」という言質をとられてしまったのだ。

「僕のこと、弟だと思って」

 そう言って、顔と顔の距離が縮まった。今になって、今日任務を同じくしたのも車が故障したのもすべて乙骨くんの意図したところなのではないかと思った。乙骨くんはきっと、私に彼氏がいることも知っているだろう。知った上で、正攻法で挑むのではなく抜け道を突いているのだ。その抜け道は私が作っただけに、実に痛いものだった。この動揺や後悔の念すら、乙骨くんに計算されたものなのだろう。

 大人の完敗だ。そう言わんばかりに、私は乙骨くんのキスを受け入れた。