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 一般女性と入籍したことをご報告いたします。

 私の目は、その一点に釘づけられていた。文字はどこまでも無機質な光を放ち、私の瞳に訴えかけられている。一度チーム公式サイトのお知らせを閉じて、SNSを開いた。あるのはやはり、「糸師凛結婚」の文字だ。

 私達は付き合っているはずだった。幼馴染といえど、きちんと交際を始める旨のやりとりはあったし、何度も会ってそれらしいことをしてきた。だが、考えてみれば凛から「好き」と言われたことはあまりなかった。凛がそういう性格なのだろうと思っていたけれど、私は二番目の女だったのだろう。恋愛に器用ではない凛は二股などできない。それは単に私の決めつけに過ぎなかったのだ。凛はサッカーの実力も顔面も一流なのだから、女などいくらでも作れるに決まっている。

 会社を出ると、マスクと帽子で変装した背の高い男が立っていた。遠目でもわかる優れたプロポーションから凛だと察する。今更何を言いに来たのだろう。私が通り過ぎようとした時、凛が私の名前を呼んだ。

「もう私達付き合ってなんかいないんでしょ」

 もう、ではないかもしれない。もしかしたらずっと付き合っていたつもりになっていたのは私だけで、凛にとっては遊びだったのだろう。凛は私の腕を掴み、何かに訴えかけるような力を込めた。

「これからはな」

 凛の声は怒っているようではない。むしろ、何かに興奮しているような。

 私は咄嗟に凛の顔を見た。マスクで半分隠れているが、凛が恍惚とした表情を浮かべていることは理解できた。私を「自分のもの」だと言う時によくする、歪んだ表情だ。

「あれはお前のことだ。どうやったらお前が断れないか考えて、先に発表することにした。プロポーズはこれからだ」
「は……」

 言葉が上手く出てこない。本人に言うより先に世間に言う人がいるだろうか。そもそも、私が断ったらどうするつもりなのか。

「俺と結婚しろ」

 その言葉を聞いて、凛はこういう人だったと思い出した。いつだって上から目線で、命令形で、私に選択肢なんてないのだ。ここで私がノーと言ったらどんな顔をするのか、試してみたくなる。でも浮気されたと思って落ち込むくらい好きなのだから、残念ながらその選択肢はない。

「はい」

 世間が糸師凛結婚に沸く金曜日、私はマスクと帽子姿の不審者に脅されて結婚した。