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 凛と付き合ったのは、冴がスペインへ行って数年程経った後だった。冴がいなくなった後、私を支えてくれたのは凛だった。私達は付き合う前からずっと好き合っていたと思うけれど、まるで誰かに言い訳をするように時間を置いた。私は冴のことをきっぱり忘れていると。

 今でもそれは正しいのかどうかわからない。冴の名前を聞いた時にしか感じない懐かしさのようなものはあるし、かといって凛を好いていないわけでもない。凛が私を好きでいてくれることは随分前から知っていたから、待たせていることが申し訳なくなって付き合ったというのもあるかもしれない。

 私は、凛と付き合う前冴と付き合っていた。

 だからだろうか、交際が順調に――行為を避けているということ以外においては順調に進んだある日、凛はついに私を押し倒した。それは私を好きな気持ちや凛自身の性欲が爆発したわけではなく、逡巡した上でのことだった。

「冴へのあてつけで俺と寝るのか?」

 凛は、自分が押し倒したくせにそんなことを聞いた。私は答えられなかった。私は冴と付き合っている時、行為をしたことがなかった。だから、今日するならこれが初めてとなる。冴とできなかったことを、まるで見せつけるように弟の凛とする。冴に置いて行かれた私の一種の仕返しとも言えるだろう。

「俺が好きで、寝るんだよな?」

 凛は眉を下げ、私を見下ろした。私は答える代わりに凛の頬を両手で包み込み、上半身を持ち上げてキスをした。それからなだれるように行為が始まった。結局、私は答えることができなかった。だからなのか、凛の手つきは縋るような、自分が攻めているのに泣き出しそうな、そんな気配があった。凛との行為を断ればよかったのだろうか。それでもきっと凛は傷付いただろう。遥か遠くにいる冴のせいで、私達は二人とも傷を負っている。その傷を今夜、二人で切り裂いていく。