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 目の前にいる名前さんはどこか誇らしげで、それは俺を好きだということを意味しているのだろうけれど、俺は少し困惑した。

「どうして寝た後に告白してくるんですか?」

 直接的なことを言っても名前さんは揺るがない。胸に付けた造花が小さく揺れている。俺の瞳も同じくらい揺れているのだろうと思いながら、俺は小声で呟いた。

「俺はもうあなたと一生会えないと思って、最後の思い出に寝たんですけど」

 なんとも情けない告白である。しかし、それは事実だった。二年間名前さんを好きでいた。どうしたって名前さんは俺のことを好きにならなかった。だから、卒業前に頼み込んで寝てもらった。名前さんがそれを了承したのは予想外であり、嬉しくも悔しくもある出来事だった。

「うん、やっぱり佐久早くんと一緒にいたいと思って。大学も都内だし」
「聞いてないですよ」

 思わず強い言葉が出る。卒業したらもう会えないね。そうやって哀愁を漂わせていたのは、名前さんではないか。

「これじゃ俺が馬鹿みたいじゃないですか。二年間ずっとあなただけを好きで、あなたに童貞を捧げて」

 恰好がつかないと自分でも思う。でも、男の童貞だって重いのだ。少なくとも俺は大事にしたかった。叶うなら、付き合っていない状態ではなく相思相愛の状態で致したかったのだ。

「しない方がよかった?」

 そうやって首を傾げる名前さんは小悪魔に見える。今、卒業生と在校生が戯れている中庭で、バレー部の先輩を放って名前さんとずっと対峙している俺がどう思われているのかとか、そういったことはもうどうでもいい。

「そんなことはないです」

 あの日の幸福感を思い出しながら言うと、名前さんは「じゃあ付き合うのもいいよね」と言って話を終わらせようとした。前々から感じていたが、何とも勝手な先輩だ。俺の方が力が強いのだから無理やりに何かをすることもできるだろうに、俺はずっとそれをできないでいる。そういうのも全部、惚れた弱みだ。